「ACE’S(エイシス)」マスター 山下剛史さん
インタビュー #2

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普通の高校生が普通に国内受験をしたつもりが、思いもかけず新設のアメリカ校に行くことになり、行った先のコロラドはその後の山下さんの人生を大きく変えることとなった。

アメリカ中の話題となり、また当時日本でも報道された山下さんが巻き込まれた事件は、アメリカの当時の世相も浮き上がらせ、また、自由の国アメリカならではの不自由な現実も突き付けていた。

多感な少年、青年時代に触れたアメリカは、山下さんにその後の考え方を決定づけた。そういった意味ではアメリカは、山下さんにやはり偉大な影響を与えたと言えるかもしれない。そうして山下さんは日本に帰ってくる。

ACE’Sは、ONE NATIONな人種のるつぼ

日本には何年に戻られたのですか?

1994年です。戻ってきた僕は、まず、自分たちでグループを組んで舞台で芝居を始めました。もちろん、音楽も継続していました。しかし、まあ食えないわけです。熱は変わらないから土方をしながら、舞台と音楽をしていました。30歳も過ぎるころ、大学時代の友人が声をかけてくれました 。「お店をやるんだ、山下バイトしない?」と。彼のお姉さんが不動産屋さんをしていたんです。友人は、デザイン家具と雑貨で有名になったシボネの自由が丘店の店長をしていました。彼は、脱サラを目指していて、自分で家具屋をやりたいと思っていたところ、お姉さんから「この物件が空いたからバーとかやってみない?」と言われるんです。そして彼は僕に声をかけてきた。「山下は好きな音楽をかけてくれればよいから」、と。2003年、15年前のことです。

いよいよ「ACE’S」の時代になってきましたね。

15年前のゴールデン街は、全然人気のない時期でした。店の名前、「ACE’S」は、好きで通っていたコロラドの古着屋さんの名前をお借りしてつけました。僕らのコロラドを忘れない、という意味も込めました。コロラド時代、その古着屋さんは、僕らがやっていたバンドのサポートしてくれていました。みんなゲイでおしゃれな人たちでした。彼らへの感謝の思いも込めて付けた名前です。お店をオープンしてから4年後に、誘ってくれた友人が名古屋に帰ることになり、お店を引き継ぐことになりました。そのタイミングで内装もさらにコロラドをイメージした雰囲気に変えました。

僕は京都の松尾大社のそばに住んでいたんですが、ゴールデン街の近所のお店のマスターから「山ちゃん、松尾大社はお酒の神様って知ってた?」と言われて、初めて松尾大社が酒の神様だったと知りました。その言葉を聞いて、子どものころは、歌舞伎町で商いをするなんて思ってもいなかったのですが、縁を感じて良かったですね。

当時ゴールデン街でお店を持つという印象はどうでしたか?

僕は松田優作さんが大好きでした。優作さんもゴールデン街によくいらっしゃっていたと聞きました。つまり、ゴールデン街はレジェンドがくるところじゃないですか。そんな方たちを相手にできるわけないだろう、というのが初めの正直な感想でした。バーテンをしたこともなかったので。ここに初めて来たときは、どうも気の流れも悪いな、とも思いましたし。まあ、やってみるか、と始めたところ、最初コロラド時代の仲間が集まってくれて店を盛り上げてくれました。店はしばらくコロラドの仲間以外にいないみたいな状況で(笑)。当時のゴールデン街に人を寄せる求心力が無くなっていたのか、僕が足りなかったのか、人は来ませんでしたね。一見さんはほんとに入ってこなかったです。

でも、面白いことに同じ時期に同世代の人たちがこのゴールデン街でお店を始めています。「音吉(オトキチ)」さん、「プラスティックモデル」さん、「Ebi(エビ)」さん、どこもオーナーが同じ年です。今でも彼らは残っていてこのエリアの理事もやっている。それぞれ音楽が好きなオーナーで、「プラスティックモデル」はサブカルやオタク系も入っているお店。「音吉」はレコードかけて、昭和歌謡とロック好き。「Ebi」は、いい意味古いゴールデン街の体質を引き継いでいるお店で、お酒できちっと商売をしている。酒飲むぞと言って盛り上げていくかんじです。

このお店はどんな感じなんでしょう?

扉に貼った1枚のメッセージ

扉に貼った1枚のメッセージ

一言で言うと ACE’Sが、他の店と全然違っていたところは「人種のるつぼ」だというところでしょうか。僕の基本的な考え方は、「One nation under the Drink」です。この店の中ではどんなことがあっても平和をキープしよう。みんな一緒だよ。ここではどんな人も、差別は許さないよ、ということをこの店で一番やりたいと思い、やってきました。コロラドで一番感じたことは差別。差別の事件のまっただ中に入り込んでいろいろ感じて、日本人の僕も差別の的になることも経験して。また、ニューオリンズでは日本人の僕を分けへだてなく音楽を介して一緒になってくれて。お店でそれが、僕が一番伝えたいこと。ここまでやってきて、その空気は伝わっていると思います。

扉の脇にも書いている通り「If you have a problem Ask me! I love English & you!」(もし問題あったら入っておいで)。2007年、一人でお店をやるようになって初めて扉にこの紙を張りました。10年前ぐらいから外国人が増えてきて、色々聞かれるようになりました。今は、外国人の案内所みたいになっても良いと思っています。「来てくれたら応えるよ」という立場でやればよいかなと思っています。どうやら、あ、ここは大丈夫だ、と外国人の方が安心して入ってくるようになってきて、次第に外国人があふれる店になってしまった、というのが実際の経緯です。元々外国人を取り込んでやろうと思っていたわけでもなんでもないんです。

どこの国の方が多いのでしょう?

オーストラリアの方が多いです。韓国の方はたまにいらっしゃいます。東南アジア系では、シンガポール、クアラルンプール、タイの方が多いです。一番少ないのはロシア系の方かな。それと中国系の方かな。でも、エストニア、クロアチア、ロシアの方3人がいらっしゃったときロシア語で話をし始め、まったくわかりませんでしたが(笑)色々話をしてくれたこともあります。アフリカ大陸、南米の方も少ないですね。北欧の方はけっこういらしゃいます。ノルウェー、スウェーデンの方は多いですね。

どのようにこのお店を知るのでしょう?

今は、ネットとかで知られることが多いようですね。外国人が書き込むサイトをご覧になっていらっしゃる方が多いようです。お声がけいただき、2018年の1月1日にJ WAVEに出演しました。2017年の12月の初めにお電話をいただきまして、外国人のTwitterをチェックしているとACE’Sさんの名前がとても多い、ぜひ取材させて下さい、と。なぜこの店は外国人が多い店なのですか? 何を求めてくるのですか? と聞かれました。

どうお答えになりました?

こんな店や店舗が諸外国他にはないのだと思う、と。海外には大きな店はあっても、ゴールデン街のような小さな店がこんなにある街はなかなかないのでは、と。ゴールデン街では、小さいゆえ、それぞれの店がコミュニティー的なニュアンスを持ちやすい。お店の人間とお客さんが「持ちつ持たれつ」で、お互いに支え合いながらどこまで関係を維持できるかというのが、この街のお店のどの店もがもつテーマだと思います、と。どの店も、マスターに「そこまで」言わせないで、客が計らってみんなで動いていく。マスターが一番偉くて、そこに従えなかったら帰りなさい、という世界があるように思います。理不尽な話なんですが、「俺、客だぞ?」、「でも気に入らんからお前帰れ!」が成り立つ世界です。この街はどの店でも。

ゴールデン街の店主たちは、不器用な人が多いんです。お客さんに合わせられない。酒を飲まなきゃ話もできない、そんな人がカウンターの中に入っている。大丈夫?って、お客さんが逆にサポートしてたりするんですね。ゴールデン街は、どうやら昔からこういう無骨な店主と、それを厭わないお客さんの文化だったんです。それぞれのお店が、店主その人の部屋。だから、その人の居心地が悪いことは「なし」なんですね。

ACE’Sは、歌舞伎町に新風を入れたお店という評判ですが、それってどういうことなんでしょう?

僕としてはそんな大それたつもりはまったくないんですが。僕のお店は他のお店で「出禁(出入り禁止)になっている人も来る。僕はその人を受け入れる。出禁になった人も、僕の目ではおもしろい人だったりする。人がおもしろいかで、それも僕の尺度でおもしろいかで、他の店で出禁かどうかは、僕はあまり気にならない。僕が受け入れられる人ならOKと思っています。

世間の人の「ACE’S」は外国の方のハブになっているのではないか? という声に対してはどうですか?

ハブというわけではないと思います。外国の方に対して、僕がしていることとして自負していることはありますが。それは、お酒を出しているだけではなくて、ゴールデン街というところはどういうところか、こういうことをしてはいけないよ、ということを話すということです。ココの文化を踏まえていただくよう、コミュニケーションをとっていることです。

具体的にはどういうことですか?

外国の方たちは、缶ビールを飲みながら入ってくる方もいます。それは、ココでは嫌がられる。飲むのは店で注文して飲むのが飲み屋にくるマナーだろ、と。また、ゴールデン街の店舗の前には、発泡スチロールの箱が置いてあることも多い。これは製氷機がないお店が、氷を管理するために、発泡スチロールの箱を使っているんですね。店舗が狭いから、軒先に店で使う必要なものも置いていたりもする。ところが、慣れない外国の方は、この発泡スチロールの箱の上に座って壊してしまったり、酔っぱらって店で使う必要なものを蹴飛ばしたりする。ここらの店舗は、ゴールデン街だからそうなっている、ことがいくつもあるんです。これらは「ゴミではないんだよ」、「発泡スチロールの箱を壊してしまうと、氷が使えなくなってそのお店は営業ができなくなるんだよ」、と教えてあげなくてはいけないんです。僕は、そういうことを彼らに教える役割をやっているだけなんですけど。

ゴールデン街の流儀

ゴールデン街との付き合いを円滑にするためのイロハということですね。

自分から話かけることも苦手な不器用な店主、そして今お話ししたそういったことをひっくるめてゴールデン街の文化なんだと思うんです。だから、これも日本の文化なんではないかと、この街に来て僕もそう思うようになったんです。外国の方にも、日本にきたからこそ、ゴールデン街にきたからこそ、そんな文化を知って帰っていただいたほうが、いらっしゃった意味があるんではないかと。アメリカに行った僕らは、いいも悪いもアメリカの文化を教えてもらったんです。ですから、日本では、日本の流儀、ゴールデン街の流儀を知って帰ってもらったほうがいいのではないか、そう僕は思っているんです。その国のその方の流儀をココでやることよりも、そのほうがよっぽど、その方にも意味のある旅になるのではないか、と。

そんな山下さんは、ここゴールデン街の理事をされていますね。

理事はもともと持ち回りです。「Ebi」のマスターから、「俺はもうやめるから、次はお前だぞ」と言われてしまって、断れないですから、はい、と。

理事のお仕事はどんなことなのでしょう?

理事の仕事はコマ使いですね。会費のお金を集めて回り、消防訓練などの案内などをする。この地域の掃除もします。任期は3年ですが、今僕はずっとやろうと思っています。

今、ゴールデン街全体を見てどう思ってらっしゃいますか?

外国人の方がさらに増えてきましたので、今後、オリンピックもありますし、まずセキュリティーを強化しないといけないと思っています。外国の方が前以上に入ってきていらっしゃいますので、外国人の方に日本のこの街の流儀を理解していただいて、この街の流儀でやらせないといけないと思っています。この街にはそういうものがあります。そういう立場をみんなで一緒にやれればいいな、と思います。ゴールデン街の流儀、日本の文化を受け入れていただいた上で「日本ってこういうところだよ、面白かったでしょ?こういう文化があるんだよ」という事を知ってもらったうえで、帰っていいただくのが良いかなと思います。ゴールデン街とそこにいる人のことをちょっとだけわかるヒントになるようなことを、この街の皆が与えていければ、と思います。

例えば、重要なことなんですが、カバーチャージって何?っていう外国の方もいらっしゃるわけです。ココのカバーチャージ・ルールっていうのは、その店のコミュニテイに参加するという意思表示なんですね。不器用な店主は自分から話かけられない。カバーチャージはボトルを入れるということで、また来るよ、というお客様側の意思表示として伝わるんです。カバーチャージを払ってくれるお客様は、店主にとって、またくる人、という理解なんです。ゴールデン街は、元々外国人が来るような場所ではなく、日本のローカルなわけです。ローカルな人たちが、ローカルのルールでやってきたところ。なので、ここはローカルなんだよ、テーマパークではないんだよ、と教えてあげることは必要なことだと思います。

実は、日本人にはカバーチャージをいただき、外国の方にはいただかない、というダブルスタンダードのお店もあります。カバーチャージ・ルールが崩れてきた原因は、時代、世代、人が入れ替わってきたということも大きいように思います。店舗も入れ替わりつつ共通認識も変わってきています。この街の流儀の伝えないといけないところを、伝え続けてくることができなかったということもあるように感じます。

山下さんにとって、客観的にACE’Sというお店はどんなところなのでしょうか?

僕は、ACE’Sは学校のクラスルームと捉えています。僕は「先生」で、お客様は「生徒」さん。ココのコミュニティで、誰かが間違っているなということをしたら、「違うよ」と言わないといけないし、誰かが舵取りをしないといけない。僕にとって、初めてのお客さんは「転校生」なんですよ。一番何もわからないし、かわいそうなやつです。だから、僕は教える。普通、一番かわいそうな人に対して、店主はケアをしないといけないはずだけど、ゴールデン街の店主はたいがいそれをやらない。店主は、慣れてくるとやっと「最近よく来てくれるけど何をしているの?」と声をかける、そんな流儀があるのがゴールデン街なので、そこがおもしろい文化だと思いますが、それをわからない人に僕は教える。外国の方が、ACE’Sを話題にして下さっているとしたら、そんな機能があるからかもしれないですね。

マリアさんと

マリアさんと

話がここまで進んだところで、ACE’Sの常連というイタリア人のマリアさんが登場した。マリアさん曰く、「日本の将来はこういう方の力の上にあるのだと私は思う」と。「日本人の魂を持ちながら、一番の国際派ですよ。違った言い方をすれば、国際派になっても自分を捨てない、剛史はそんな人。進化していく中でも自分も日本も大事にするんです」、と。

今のように外国の方が多くいらっしゃる中、我々はどうしていけばいいのでしょうか?

日本人の僕たちは、他人の場所に入っていくとき「ごめんください」と言う。ごめん(=お許し)を、ください(=お願いします)、と。この相手を尊重する向き合い方は、日本のいいところだと思います。北欧の方々は、この感覚に近いものを持っていると感じます。僕たちは日本人。日本人としてアイデンティティを持って、僕らには僕らの文化がある。外国の方とも、その一人一人と出会って、互いにリスペクトする。日本人も外国人もお互いに違うことは美しいことだと思います。国も経験も違うわけだけど、人として違うというのではないと思います。それを理解し合うことでしょうか。

【プロフィール】
山下剛史氏 TSUYOSHI YAMASHITA
ゴールデン街バー「ACE’S」オーナー、ミュージシャン

大阪府出身。 1990年10月アメリカ留学中に地元ギャングに襲われる事件に巻き込まれ、以後2年間現地アメリカの裁判を被害者として経験。この事件は、ジャーナリスト青木冨美子氏による著作書「デンバーの青い闇―日本人留学生はなぜ襲われたのか」(新潮社刊)に詳しい。
その後、アメリカ音楽のルーツを経験する旅を開始。
1994年に日本に戻ると、演劇集団を設立、バンドと演劇の道に。2003年に友人と新宿歌舞伎町ゴールデン街に、バー「ACE’S」をオープン。2007年より同店オーナーマスター。現ゴールデン街理事。現在、「ACE’S」で日本を含め多国籍の方々と向かい合いながら、アメリカのルーツ音楽を軸としたロックバンド「BLUES NO MORE!!!」で活動中。