新宿駅東口から歩いて数分のところにあるユニカビル(新宿区新宿3-23-7)。「ヤマダ電機 LABI新宿東口館がテナントに入っていて、曲面のビジョンがあるビル」と聞くと、どこにあるビルなのかピンとくる方もいらっしゃるだろう。今や新宿を代表する建造物となっている。そしてこのビルの象徴となる曲面状のビジョンの名前が「ユニカビジョン」だ。新宿駅東口、歌舞伎町エリアの中において、時代の最先端を感じる曲面状のビジョンは華やかに輝き、家電量販店も入るこのビルは、デジタル時代を象徴するように、新宿に新たな彩りを添えている。しかし、その建設から現在に至るまで、この「ユニカビジョン」の裏側では、ここまでに明かされていない「アナログ」なストーリーがある。さてそれはどんなものなのだろうか、初めて詳細に伺うことができた。
デジタルサイネージ・チャレンジャーを目指して
「ユニカビジョン」を手がける株式会社ユニカ(新宿区西早稲田2-7-1)は1971年に設立された。パチンコなどのアミューズメント事業からスタートし、現在は不動産業を中心に様々な事業を展開している。その中の一つとして「ユニカビジョン」を核とするデジタルサイネージ事業部がある。
「ユニカビジョン」は、日本最大級の3面大型LEDビジョンと、文字放送用ビジョンの複合体で構成された屋外デジタルサイネージである。「ユニカビジョン」は、街中によくある大型ビジョンとは少し違う映像放映をしている。通常、街中のビジョンは広告宣伝媒体として、コマーシャル映像を編成しているにすぎない。しかし、「ユニカビジョン」は、独自の番組を編成し、放映している。特に、迫力ある3面大型ビジョンを活かした、音楽ライブの映像番組を主に編成していることが特徴で、「ユニカビジョン」の音楽ライブ番組は、街頭のイベントかのように街行く我々を楽しませてくれている。しかもこの音楽ライブ番組は、スマートフォンと連携可能で、アプリをダウンロードすると、映像を見ながら高音質サウンドで各自の手に持つスマートフォンから、イヤフォン、ヘッドフォンで聞くことができる仕掛けになっている。新宿の街頭ビジョンといえば、新宿駅東口前の「新宿アルタビジョン」がこれまでの新宿の象徴であったが、「新宿アルタビジョン」とは違うサービス性を持った街頭ビジョンとして存在価値を上げている。
なぜ、このようなビジョンが生まれたのだろうか? 株式会社ユニカ専務取締役兼デジタルサイネージ事業部事業本部長の三木博史さん(以下、三木専務)、デジタルサイネージ事業部課長の梶田倫之さん(以下、梶田課長)、大西康之さん(以下、大西社員)にお話を伺った。
なぜデジタルサイネージ事業を始めようと思われたのですか?
最初新宿でビルを立ち上げる際に、ビルの付加価値をつけるための方法論として、デジタルサイネージが一つの方法だと思ったのです。場所柄もありエンターテインメント性の強い商業施設のビルを造りたいと思っていました。ニューヨークのタイムズスクエアや、ロンドンのピカデリーサーカスにあるような大きな画面をビルに付けて存在価値を高めビルの付加価値を付けたいと考えました。
「ユニカビジョン」は国内最大級の大型ビジョンとしてのみならず、他の街頭ビジョンにない特異性がいくつもありますね。まず「ユニカビジョン」は、なぜ生まれてきたのでしょう?
まず、このタイムズスクエアのような、という思いつきからのスタートでした。ユニカビルの壁面はすべてLED画面にしたいという発想からです。東京都屋外広告物条例の規制がなければユニカビルの壁面はすべてLED画面にするつもりでした。さらに当時の発想としては、技術が進化しつつありましたから、デジタルサイネージが単純に映像を見せるだけでなく、リアルタイムに双方向の交信ができる機能をもったランドマークにしていきたいという気持ちがありました。新宿ユニカビルの前には多くの方が歩いていらっしゃいますので、例えば「天気が良かったらこんな情報?」「雨だったらこんな情報?」というように、有益な情報が、瞬間に双方向で受け取れるようなものを計画しました。その目標は現段階では道半ばですが。
高音質の音源を映像に同期して配信もされていますね?
高音質音源の同期は、ユニカビジョンスタート直後から「やろうという気持ち」がありましたが、当時は技術の進歩が伴っていませんでした。映像と受信音源のタイミングがずれてしまうのです。なかなか完全に同期しない、いつになったら同期するのだろうと思って技術の進歩を見守るような時間が過ぎていきました。が、やっと2016年に音源を同期する技術が進化し、実現の目途がつきました。そこで、最初の番組を計画しました。
最初の番組は何だったのですか?
2016年12月15日スタートの「初音ミクさんの『マジカルミライ2016』特集」でした。これが、新宿「ユニカビジョン」の高音質音源同期サービスのスタートになります。技術的にはイケる、ということになり、ソフトを探すわけですが、最初はどのアーティストの方も、様子をみたいという方が多く、やっと最初にOKが出たのが初音ミクさんだったんです。
新宿のビジョンと言えば「新宿アルタビジョン」が有名です。「新宿アルタビジョン」との差別化は意識されましたか?
意識しましたね。あとから参入する立場としても、同じ形で参入することは面白くないという思いがありました。そこで考えていたのが、ライブ映像です。単なるミュージックビデオ映像は、音楽の宣伝広告的で、どこのビジョンにも流れている。それでは面白さがない、そこで「ユニカビジョン」はライブ映像にこだわろう、と。ありがたいことに、新宿ユニカビルの前には、西武新宿駅の西武新宿PePe広場がありました。そこでこの広場とも連携できないか、と。ライブ映像自体、イベント性がありますので、ライブ配信ビジョンをイベント化したいと考えました。音楽レーベルにとってみれば、ライブ映像は商品でもあるので、なかなか簡単に提供してくださらない状況でしたが、一つが二つ、二つが三つと実績を積み上げてきた結果、今ではご相談もスムーズに、ご提供いただけるようになりました。ライブ映像はサウンドの再現が複雑で調整が大変です。きちんと高音質サウンドが出せるように調整する。番組の編成だけでなく、この実務努力と収斂も他のビジョンとの違いであり「差別化」でもあります。毎回スタジオに入って、「ユニカビジョン」用のサウンド調整をしています。
なぜ、多くの音楽アーティストの方々は最初理解を示してくださらなかったのでしょう?
デジタルアーティストである初音ミクさんには、私たちのデジタルサイネージ・チャレンジにご理解を頂きました。親和感があったのではないでしょうか。他のアーティストさんの場合は「ちょっと待ってよ。ほんとに音源と同期するの? 端末にそのまま入るんでしょ? 音源を抜かれてしまうのでは?」というご心配でした。相手の立場を考えればそのお気持ちは理解できることでした。私たちは、可能な限りのセキュリティー環境を整えていましたが、多くの音楽レーベルの方はとても慎重でした。初音ミクさんをきっかけに、現在はほとんどのアーティストさんから了解を頂いています。
番組の編成はどのようになっているのですか?
1週間に1回特集番組を更新して、月に8〜9件ぐらいの番組を編成しています。
その8〜9件は時間をずらして放送されているのですか?
奇数時間と偶数時間と2つに分けて、2編成にして放送しています。
音声・音楽はどのように聞くことができるのですか?
ビジョンの前でも聞くことができますが、「Another Track」というアプリをダウンロードしていただき、ダウンロードしたスマートフォンをビジョンにかざしていただきますと、ユニカビジョンと同期した高音質サウンドをスマートフォンのイヤフォン、ヘッドフォンから聴くことができます。ユニカビジョン上映会イベント開催時には、街頭を行く方に、高音質ヘッドフォンをお貸しして、ユニカビジョンのサウンドを堪能していただく取り組みもしており、なかなかご好評をいただいております。
映像自体、アリーナ、ホール等で行っている上質なイベントの記録です。このような街頭という意外な場所で、この上質なイベントの臨場感のいろいろな楽しみ方をしていただければいいな、と。今は、エリアの活性化にもつながっていると感じています。ビルの付加価値以上の展開イメージも、だんだん現実味を帯びてきました。
最先端デジタルサイネージのアナログな作業 その1 音質調整
こうして「ユニカビジョン」は一つ一つの実績を積み上げ、多くのアーティストのライブ映像を放送できるようになった。高音質サウンドの同期を実現した「ユニカビジョン」のサウンドを聴いているとそのサウンドはライブ会場のサウンドそのままに聞こえる。しかし、このデジタル時代の今後を見据えるチャレンジをしている「ユニカビジョン」には、実は限りなく「アナログ」な努力がある。それは・・・
公開型のビジョンで、音質調整はどのようにされているのでしょう?
ボーカル音と楽器音の波長が近いところにある場合、調整すると濁りがちです。より細かな調整が必要になります。屋外で放送しますと風によってサウンドが揺れます。 音量も人によって大きく聞こえ方が違います。また、街中の人の出具合でも変わってきます。人が多いと音が若干沈みますので時間帯や状況に応じて若干の調整をしています。このような細かな音量の調整等他の場所ではなかなかできていないことを実現できていることも「ユニカビジョン」の一つの優位性かもしれません。音については非常に拘りをもって取り組んでいます。
風や時間帯などの状況に応じて調整というのは?
担当のスタッフが、実際に建物の外に出て体で感じながら判断しています。
放送のどのタイミングで、外に出て測るのでしょうか?
1週間放映の場合は、初日の午前中にまず実施しています。現在は、経験値もあるので「前もってこうだろう」という予測ができています。しかし、スタート時、それが当たっているとは限らず、多少ずれるときがあり、その微調整を初日の午前中にしています。
台風など風が強い場合はどうなのでしょうか?
台風の時はどうしようもないですね。風速10mを超えてきたら厳しいですね。音声が風の音になってしまいますから。風が途切れないときが一番大変ですね。
番組の放送が始まってからはいかがですか?
スタッフが現地に常駐しています。通常、街頭ビジョンは遠隔操作で運営されています。しかし、ユニカビジョンの音質は、風を外まで調べに行くことでやっと実現する音なんです。「デジタル」ですが、サービスの高品位な実現方法は、かなり「アナログ」です(笑)。
最先端デジタルサイネージの中にある「アナログな作業」その2
ビジョンの設置位置を決めるまで
「ユニカビジョン」から流れるサウンドを現地にいるスタッフが体感で確認し、音声品質を調整しながら放映している、とは驚きの事実。しかし、このデジタルサイネージ ・チャレンジャーは、そもそもスタート時、とてつもない「アナログな作業」があった。それはビジョンの設置位置を決めた手順であった。
「ユニカビジョン」周辺は、ここ最近の新宿の景観の中で一番変わったように感じます。新宿駅東口を形作る景観ということだけでなく、西口から眺める景観も変わりました。新宿大ガード西交差点あたりから歌舞伎町側を見ると、ユニカビルが完成するまでは左側の歌舞伎町のネオンサインが目立ちましたが、ユニカビル完成後、右側に「ユニカビジョン」が入ったことでガードに向かって、左右のバランスが良くなった印象もあります。このあたりはどう思われます?
そう言って頂けるととても嬉しいです。ユニカビルを計画中に、設計図を見ても、景観パース等を見ても、ビジョンの設置位置の実際の景観イメージがつかみづらくて、ん?、と思っていました。実際、設計は、大ガードの高さを計算に入れていなかったのです。そこで施工の建設会社に、クレーンを調達していただき、現場でビジョンの大きさ100㎡の幕を釣り上げてもらって、現地で早朝に景観調査をしました。靖国通り側からの見え方はもちろんですが、西口のガード向こうから実際に見ながら「もう少し上・下」とかやりました。
建設会社さんもびっくりされましたよ。工事進行中のある日、いきなりですからね。「幕用意してください。クレーン2台用意してください」ですから。「何するのですか?」と聞かれ「幕を上げます」と話したところ、「そのためにクレーン2台調達するのですか?」と驚かれました。私たちとしては、ビルが完成してから後悔するよりも、きちんと現場調査をして、実際に自分たちの目で見てから判断をしたかったので、そのようにしました。
確かに夜、新宿西口から歩いてくると、絶妙な位置にビジョンがあるなと感じていました。
実はそれだけ細かく努力した結果です。西武新宿PePe広場側からも、西武新宿PePe脇の道路側からも、歌舞伎町一番街からも、西口側からも、よく見えるように位置決めしました。これはすべて事前にアナログな現場調査の上でビジョンの設置位置を決めた結果です。
ユニカビルは壁面形状を曲面にしていますよね? ここに液晶ビジョンを曲面設置することは技術的にはいかがだったのですか?
いいところを聞いてくださいます(笑)。実はこのような形状は世界的にもめずらしいものです。LEDのメーカーである日亜さん(日亜化学工業(徳島市))に「壁面のLEDユニットを曲げられませんか?」と頼んだところ当初は「むずかしい」という反応でした。でも、やってみよう!と。LEDのユニット自体を曲げてほしかったのですが、「それはさすがにできません」と答えが返ってきました。だから、平面の小さな液晶パネルを細かくつないで曲面構成しています。さまざまな試行錯誤の上、曲面を実現してくださいました。現在は大阪に設置されたサイネージに大きさは抜かれていますが設置した当時は最先端で最新型、国内最大級のデジタルサイネージでした。ニューヨークやロンドンに比肩しようとスタートし、また今もアナログな運用作業までを含めて街頭で最高のエンターテインメントをご提供できるよう努力しているこのサイネージを、みなさまにもこの街で誇れるサイネージと思って頂ければ幸いです。
日本有数の最先端のデジタルサイネージ新宿「ユニカビジョン」には、そのライブ番組放映にこだわるサービスの特異性のみならず、その実現と運用には、さまざまなアナログな努力が詰まっていた。迫力あるライブ映像と高品位なサウンドを届ける作業の裏側には、このような地道な努力が隠されていた。「ユニカビジョン」は、これからも新宿の街のシンボルや、また、街の情報発信の基地であり続け、またこの街の各情報の連携ステーションになっていく事を期待しよう。