2019年3月22日、新宿の映画館「テアトル新宿」で、一本のドキュメンタリー映画が公開になった。作品名は「新宿タイガー」。 新宿で45年以上虎のお面をかぶり、派手な出で立ちで新聞配達を続け、休日には映画館を渡り歩く、人呼んで「新宿タイガー」の姿を、新宿の街に馴染みのある人ならば何度となく見かけたかもしれない。
「新宿タイガー」は、24歳だった1972(昭和47)年、新宿の稲荷鬼王神社の屋台に並ぶ虎の面を見て「一生、タイガーとして生きる」と決意したという。「ビビッときた、もう直感だった」そうだ。映画は寺島しのぶさんのナレーションの下、新聞販売店、ポスターに新宿タイガーを起用した「TOWER RECORDS新宿店」の関係者、俳優、女優やゴールデン街の店主たちなど、さまざまな人へのインタビューを通じて、一人の男性の日常と新宿の街の歴史や、街が担ってきた役割を描く。監督・撮影・編集を手掛けた佐藤慶紀さんと、新宿タイガーさんご本人にお話を伺った。
佐藤監督は1975(昭和50)年愛知県出身。アメリカの南カリフォルニア大学・映像制作学科卒業後、家庭崩壊を描いた長編映画「BAD CHILD」や、「HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話」などの作品を手掛けてきた。
今回自身初のドキュメンタリー作品となったことについて伺うと、佐藤監督はこう語った。
自分の頭の中で考えながら進めるフィクションと違って、自分が思っていないことも起きるので、映し出す対象の人をより観察して、そこからいろいろなことをくみ取れたらと進めました。お話をいただいた時、それまでタイガーさんのことは知らなかったのですが、タイガーさんの写真を一目見て、この人のことをいろいろ知りたいと思ったんです。(写真で見た時は)強烈な個性というか異様な感じを放っていたので、近づきがたい人かなと思っていましたけれど、喫茶店でお話を始めると本当によく喋る明るい人で、すごいギャップだなと思って。
被写体となったタイガーさんにも、最初の出会いについて伺った。
喫茶店で3時間を3回、合計9時間ね、監督と(企画した)社長と3人でいろんな話をして、撮影が決まって次の年に36回撮影。ある時は5時間、7時間カメラ回しっぱなしだからね。俺もいつも通り自然体でいるのを監督が撮ってくれたから、ああいういい映像が撮れたと思いますよ。もう監督はすごくいい人、信頼のおける人。話した時に絶対の信頼があった。まさかのまさか、映画になるなんて夢にも思わなかったからびっくりですよ!
映像は、タイガーさんの姿やその日常を、明るく、時にポップに描き出す。
タイガーさんが50年近くずっと新宿で働き、住み続けられているということで、必然的に新宿の歴史というものを同時に描けるだろうなと思っていました。新宿というと写真家の森山大道さんとか若松孝二監督、大島渚監督といった、どちらかというとハードコアなイメージがあって、僕もそうしたアプローチを考えていたところも当初あったのですが、やっぱりタイガーさんがとにかく明るく愉快な方なので、それは違うなと感じて。
ドキュメンタリーは、作品のためにある程度、対象を自分の意図の方に持っていくようなこともあると思うんですけど、タイガーさんにはそういう手が通じないというか、できないだろうなと感じていて、本当にありのままのできるだけ素のタイガーさんに近づきたいなと思っていました。ドキュメンタリーで人を描く場合、いろいろな葛藤なども捉えたいですよね。それでタイガーさん自身の葛藤は何かと考えたんですが、タイガーさんがやりたいことというのはあの格好をして普通に生活をする、それを日々続けていくという事で、続ける難しさというのはあるかもしれないけれど、いろいろと達成しているというか。日々タイガーさんを撮影しているうちに、タイガーさんの目を通して新宿を考察するとかそういうことよりも、日常をなんだか面白くというか、よりタイガーさん本人に寄った映画になっていったという感じですね。
タイガーさんのその日常の多くは、愛してやまない映画鑑賞(休日には何本も新宿の映画館をはしごすることも)や、映画、舞台人らと飲み語らう時間が占める。1998年、新宿の「Flags」内に「TOWER RECORDS」がオープンした時と、2012年に同店がリニューアルした時のポスターに起用されたり、これまでに数本の映画やテレビドラマなどに出演したりした経験をタイガーさんは「夢のようですよ」と一つ一つ宝物のように話す。
「膨大に撮影した映像をちゃんと83分、見事なまでに綺麗にまとめ上げてくれた監督の手腕に脱帽ですよ。マジ、見た後はもう感無量。これ以上の言葉ナシ! その中にちゃんと自分の信念ね、『ラブ&ピース、美女とシネマと夢とロマン』、これが小憎らしいほどに詰まっているからね。気分爽快。
それだけ長い時間、タイガーさんを映しながら新宿を回った佐藤監督に、街の印象についても伺った。
情報として60年代、70年代がどんな感じだったかというのは知っていたんですが、団塊の世代の方々と僕らの世代には、何か情報がうまく伝わってきていないというか、途切れているような、断絶があるような気がしていたんですね。それで、そうした世代の方々、その当時の新宿に生きた方々のお話を聞くことによって、なぜ新宿がそんなにも文化の発信地だったのか、一体どんな感じだったのかというのを、知ることができたらというのはありました。
インタビューした方の中で印象的だったのが、「その当時新宿にきた若者たちは、ほかの若者と知り合おうとしていた」という言葉です。今は、ほぼ自分にしか関心がない人も多いですよね。また別の方は「新宿という街は、何もかもカテゴライズされずにそのままいろいろなものが混ざったり集まったりしている」と。僕にとって、それはすごく新宿っぽいなと感じるところです。別に相手に対して温かく迎えるといったわけでもなく、逆に無関心さからくるのかもしれないですけど、その無関心なりに相手の人を認めている、尊重しているというか。60年代、70年代というのは、思ってもみないほど血の通った、人々の息遣いが感じられるような街だったんだなと思いました。
そんな佐藤監督とタイガーさんに、新宿の未来に対しても伺ってみる。
あんまり綺麗に明るくというよりは、ちょっと猥雑さというか危険な感じというか、そういうのも含めてあって欲しいなと思いますね。人間くささのようなものから、いろいろなものが生まれてくるのかなと思います。
昔は南口も土の地面だったからね。今は超モダンになっちゃって、大きい建物が建って世界中からお店が集まってくる。お祭り騒ぎのようで楽しい場所ですよ。新宿は映画館も劇場もいっぱいあって、歌舞伎町でもあらゆる映画が見られた。だから『シネシティ』って呼んだんですよ。今も映画館はたくさんあるし、これ以上何も望みませんよ。
僕にとって映画の最強美女はね、オードリー・ヘップバーン、エリザベス・テーラー、それからイングリッド・バーグマン、マリリン・モンロー。ハリウッド全盛期の白黒がいつまでも心の中に残っているの。縁があった俳優や監督が「タイガーさん!」って声をかけてくれることもある。夢は全部繋がっているんですよ。宗教にいくこともなければ、政治活動にいくこともない。染まるのも自分、はねのけるのも自分。僕は愛と平和、シネマと美女と夢とロマン! 生涯トラで始まり、トラで終わる!
今回タイガーさんに興味を持ったのも、何か一般常識に違和感を抱いて生きている人のような印象を受けて、今後もずっとそういう人とかものを描いていきたいなというのはありますね。物事の原因というのは人が作り出すものだと思うのです。そういう人をもっと知りたいんです。
この作品は、新宿はもちろん地方などの団塊の世代の方にも見てもらいたいと思いますし、僕らの世代や、もっと若い方にも見てもらえたらと思います。今の時代だからこそ、映像を通して虎の面の裏に隠された彼の意図や、一つのことを貫き通す素晴らしさを感じてもらえたらと思います。
出演者 新宿タイガー、寺島しのぶ(ナレーション)、八嶋智人、渋川清彦、睡蓮みどり、井口昇、久保新二、石川ゆうや、里見遥子、宮下今日子、外波山文明、しのはら実加、速水今日子、田代葉子、大上こうじ、他 配給は渋谷プロダクション。全国でも順次公開。