伝統に育まれた日本人ならではの感性と高い技術力を生かし、新宿御苑にほど近い場所で人の暮らしに役立つロボット作りを牽引する人物がいる。東京大学在学中に、「チームラボ」(テクノロジー、サイエンス、アートなどのスペシャリストで構成され、システム開発はじめ様々なモノ作りを行うことで今や多くの人が知る企業)を立ち上げたメンバーの一人でもある青木俊介氏だ。
青木氏が2007年に独立して立ち上げた「ユカイ工学」は、「ロボティクスで世の中をユカイにしたい」と世界に類を見ないロボット作りに取り組んでいる。
現在手掛ける「BOCCO(ボッコ)」は、ロボットとスマートフォンの間で音声メッセージをやりとりしたり、外出先でも家のドアの開閉が把握できたりするなど、子供と親、高齢者とその家族などをつなぐコミュニケーションロボットとして、日々進化を続けている。
SNSも普及し情報があふれるデジタル社会において、ネットとリアルをどうつなげていくのか。青木氏が考えるロボットのいる暮らし、ロボットを活用した来るべき未来の景色とは?
日本から発信するロボット作りの強みとは?
2014年10月に初めて「BOCCO」を発表しました。どんなきっかけで誕生したロボットですか?
そうした中で開発したのがロボットとセンサーがセットになった「BOCCO」です。赤い積み木のような形の振動センサーは、玄関ドアなどに取り付けると振動を検知してスマホに知らせてくれます。ロボットはインターネット経由でスマートフォンと音声メッセージのやりとりができます。振動センサーにより、子供が学校から帰宅したタイミングがわかるので、スマホから子供にメッセージを送って「BOCCO」にしゃべってもらったり、自分の声を送って聞いたりすることができます。
家にいる子供がBOCCOから送った声を聞いたり、ディクテーション機能で、送った声を文字化して読むこともできるので、音を出せない職場などでもメッセージを確認することが出来るようになっています。
「BOCCO」はかわいらしい形をしていますね。
名前は、東北、秋田の方言で「子供」のことを「ぼっこ」ということに由来しており、秋田では座敷わらしのことを座敷ぼっこなんていったりもします。座敷わらしってそこにいると幸せを呼ぶような存在ともいわれていて、そんな願いも込めて名付けました。
鼻がボリュームボタン、胴体には再生と録音の2つのボタンがあるだけのシンプルな設計ですね。デザインにはなにかこだわりが?
部屋に置いておくモノなのでロボットだと一目で伝わりつつ、インテリアにもとけ込むデザインを心がけましたね。
民芸品のような手触りのあるものとは、ある意味ロボットは対極にあるようにも感じますね。
日本人のキャラクターへの感性ってすごく高いと思うんですよね。ぱっと見た時にかわいいもの、かわいくないものを区別する能力が非常に高い。恐らく、子供の頃からいろいろなキャラクターに触れているからじゃないかと思うんです。
僕はそういう日本の文化が好きだし、現代のデザインにはそうした文化の蓄積を感じます。日本のゲームやキャラクターが世界でも大ヒットしているのは、テクノロジーの力だけでなく、そうした魅力的なキャラクターを生み出す日本のカルチャーの力があるのだと思います。その両方がある国というのは、世界でも実はそんなにないと思うんですよね。
ITの世界では、グローバル標準に合わせたものが圧倒的な規模で日本に入ってきます。英語の方がサイト数も多いし、日本語専門の検索エンジンを作っても日本でしか使えない。検索エンジンしかり小売りの世界でもなかなか太刀打ちできない。「日本でやっていて意味があるの?」って外国の人から聞かれる事もあります。
規模やスピードではなかなか勝負できないかもしれない。でも日本のカルチャー、デザインを最先端の技術世界に取り入れる事で、ユニークなものが生まれる。それを生かしていきたいし、僕たちが日本で会社をやっている意味でもあります。
映画に見たエンジニアのかっこよさに憧れて
ロボットには小さい頃から興味が?
「ターミネーター2」という映画(91年アメリカ映画。ジェームズ・キャメロン監督、アーノルド・シュワルツネッガー主演)を見てめちゃくちゃはまりました。未来から送り込まれたロボットそのものより、人工知能なんかをパソコンの中で作って動かしているエンジニアの人たちがかっこいいと思って。自分もこういうのを作る人になりたいと思いました。
「ユカイ工学」はネットとリアルをつなぐプロダクトとして様々なロボットやハードウェアの開発などを手掛けられていますが、そもそもどんなきっかけで起業されたのですか?
ちょうど同じ頃、愛知万博があったりロボットブームみたいのがあったりして。子供の頃からすごくロボット作りをしたいと思っていたけれど、「もうそろそろやらないといけないんじゃないのか」と考えて独立しました。新しいことを始めるにあたって、環境を全部変えてみようという思いもありました。2007年に独立して、最初は週末に学生を集めてロボットを作っている感じでしたが、2011年に株式会社にしました。
会社は新宿に設立されました。その決め手はなんでしたか?
秋葉原にも出やすいので電子部品を購入するにも便利だし、学生アルバイトが通いやすいなどの、新宿ならではのメリットもあります。
ちなみにこのビルは、「ロフトプラスワン」(95年オープンしたトークライブハウス。展開するトークのそのテーマゆえ、サブカルチャーの聖地とも言われた。後に歌舞伎町に移転)の発祥の場所なんですよ。
最先端のロボットを作っているチームが「東急ハンズ」を愛好しているというアナログさがおもしろいですね。
独立してから「BOCCO」までには、どんな製品を作ってこられたのですか?
「ネコミミ」は共同企画の製品で、開発を担当したんですが、まさに頭につける猫の耳のような形をしています。脳波を測定するセンサーを使用していて、リラックスしていると耳が垂れ、集中度が高まると耳がピンと立ちます。「女性の気持ちがわかるツール」なんていわれて「パーティーグッズ」コーナーでけっこう売れました。
どれも、テクノロジーを活用しつつ、現実の暮らしとデジタル社会でのコミュニケーションとをつないでくれる役割をロボットが担っているんですね。
さまざまな製品作りの過程をへて、かわいいだけじゃなくてちゃんと役に立つもの、売れる商品を作りたいと考えていてたどり着いたのがBOCCOです。
近い未来、一家に一台ロボットがある暮らしを
BOCCOは発表から3年、機能が拡大していますね。
積み木型センサーは、鍵の開閉を知らせてくれる青い「鍵センサ」が加わっています。ドアの鍵をIOT化しようとすると大掛かりになりがちですが、これはマグネットとセンサーでドアに固定するだけ。BOCCOとつなげることで、設定もシンプルになりました。
宅配ボックスの最大手「フルタイムシステム」との業務提携も稼働が始まったところです。このサービスは、外出中でも宅配ボックスに荷物が届くと「荷物が届いたよ」と「BOCCO」が話して知らせてくれます。
ほかにも、BOCCOにはスタンプ機能があって、スタンプを送ることでBOCCOに指示を送ったり、母の日やこどもの日なんかに合わせてメロディーを流したりもできるんです。このイラストや音楽も社内で全部作っているものです。
将来的に「BOCCO」で可能になる事は、まだまだありそうですね。
未来には、それこそ一家に一台ロボットがいたら、と思います。
家の中のIOT化って、それぞれ単体の機能が多いんですよね。エアコンスイッチの入り切りやカーテンの開閉、そうしたものがBOCCO経由でまとめられないかと考えています。
実際に今、ダイワハウスと共同で実証実験も始めています。進化を続けて「BOCCO」が「今日は元気ないよ」「どこに遊びに行きたい?」なんて教えてくれるといいな、なんて思ったりもして。
ロボット作りをされる上で、ネット社会とリアル、今の時代をどうとらえられていますか?
でも、そういうSNSなどネット社会にまだつながっていない子供や高齢者だったりする世代が少なからずいて、家族ができると、SNSに今あがっている情報などより、そういう家族の情報の方が知りたいし、重要なんじゃないかな、って感じます。「誰かの今日昼にこんなもの食べた」という情報より、子供や家族との会話を大切にできたら、と強く感じます。
新宿の街でロボット作りに関わられている中で、今後街にのぞむものはありますか?
新宿はたぶんやさしい街だと思うんです。いろいろなことが許容される街。ゴールデン街や二丁目、歌舞伎町といろいろな性格のエリアが雑多に集まる場所は都内でもなかなかないと思います。
今は職場もあるし自宅も近いので新宿でしか飲まないですね。仕事柄、テクノロジーにまつわる施設が増えるとうれしいですね。新宿ってアップルストアもないんですよ。
あとは近い未来に、ちゃんとテクノロジーを使ったエンターテインメント施設があれば、と。昔からジャズ喫茶など、新宿は「文化の発信地」だったと思うんですよね。最先端のカルチャーがある場所だったからこそ、そういう「カルチャー」に「テクノロジー」が融合したらおもしろくなるんじゃないかと思います。
青木俊介
ユカイ工学株式会社CEO
千葉県出身。
2000年東京大学在学中に猪子寿之氏等と有限会社チームラボを設立(2002年チームラボ株式会社に組織変更)、取締役CTOに就任。
翌2002年、東京大学工学部計数工学科卒業。
2007年、鷺坂隆志氏とともにロボティックスベンチャー・ユカイ工学LLCを設立する。
2008年にはピクシブ株式会社の取締役CTOに就任し、登録ユーザー2000万人のサービスを立ち上げ。
2009年中国・上海の東華大学信息科学技術学院修了。
2011年にユカイ工学を株式会社化する。
2015年グッドデザイン賞審査員就任。
関連リンク
「ユカイ工学株式会社」http://www.ux-xu.com/