歌舞伎町の「シネシティ広場」でアートイベント
「たてもののおしばい 歌舞伎町の聖夜」
街を盛り上げようと広がる企業の繋がり

2019.06.10

2018年のクリスマスシーズン。365日、夜毎にきらびやかなネオンサインが煌めく歌舞伎町の一角は、一瞬の闇に包まれた。そして、そこに浮かび上がったのは人格を持ったビルたちであった。

美術家の髙橋匡太さん美術家の髙橋匡太さん

同年12月23日から2日間、新宿・歌舞伎町の「シネシティ広場」では、この屋外広場を囲む建物にプロジェクションマッピングによるアートイベント「たてもののおしばい 歌舞伎町の聖夜」が行われた。
総合演出を担ったアーティスト・髙橋匡太さん(1970年生)はこれまでにも東京駅100周年記念ライトアップ、京都・二条城、十和田市現代美術館など大規模な建築物のライティングプロジェクトといった、光や映像によるパブリックプロジェクション、インスタレーション、パフォーマンス公演などで国内外において活動を行ってきた人物である。

今回は歌舞伎町を舞台に、建物に映像投影することで、声や表情、人格を与え物語を生み出していく同アート作品を手掛けた。

シネシティ広場を取り囲む「新宿東宝ビル」「ヒューマックスパビリオン新宿歌舞伎町(以降、「ヒューマックス」)」「第二東亜会館」の3つの建物には、普段見えない顔が浮かび上がり、会話を始めた。それぞれが持つ歴史や現在の状況を基に、脚本・演出担当の野上絹代さんによって、ビルに人格が形成された瞬間だった。「ヒューマックス」はかつて新宿に存在した大衆劇場「ムーランルージュ新宿座」を、「第二東亜会館」は、同ビルに2018年11月にオープンしたナイトクラブ「WARP SHINJUKU」をモチーフに、「新宿東宝ビル」は、かつてあった「新宿コマ劇場」の新たな姿として、登場したのである。毎夜6回行われた、各回30分ほどのビルの対話だった。

撮影 名畑 恵

実はかつて同広場を囲むビルのオーナーたちが、この街の活性を振興しようと「四葉会」という連合体を結成し、互いに協力し合っていたことをご存知だろうか。メンバーは先に登場した東宝、ヒューマックス、東亜興行と東急レクリエーション(旧新宿TOKYU MILANOのオーナー)である。そして今、この広場に新たな風を呼び込もうという企業の集いは広がりを見せ始めていた。ビル老朽化や再開発の中で集まる機会がなくなっていた旧四葉会のメンバーが約10年ぶりに再び集まり、新たに建設されたアパホテルも加わり、皆の協力の下に実現した企画が、このクリスマスイベントだったというわけである。

このイベントは2つの意味で画期的だった。それは一つに歌舞伎町に集う企業同士が互いに連携し、何かを起こそうという絆が再興されたこと。そしてもう一つは、歌舞伎町で行われるイベントのテーマに初めて「アート」を持ち込む試みが行われたことである。

さて、このイベントを主催した「歌舞伎町商店街振興組合」理事長の片桐基次さんと事務局長の城克(じょうまさる)さん、共催の「歌舞伎町タウン・マネージメント」事務局長、柏木直行さん、のお三方が顔を揃えた機会に、今回の企画について振り返ってお話を伺ってみた。

左から城さん、片桐さん、柏木さん
このイベントを行ったシネシティ広場周辺には、今から12〜13年くらい前には17ものスクリーン(映画館・劇場)がありました。理事長としてもなんとか歌舞伎町を良くしたいという思いの中で、私としては、せっかくたくさんの映画館があるのだから、「何か歌舞伎町のエンターテインメントというものを作り上げたい」と思っていました。そこで当時、それぞれ単独で営業されていた各映画館の支配人や本社の方々にお会いし、ご協力いただけないかとお願いしました。映画館に囲まれていたあの広場を「シネシティ広場」と命名したのはこの時です。それまでは「ヤングスポット」と言っていたんです(笑)街を良くしたいという思いの下に、皆さん連携して下さいました。

今でこそ歌舞伎町の来街者は30万人にまで戻りましたが、一時は大分少なくなっていました。昭和40年代には約50万人の方々がいらっしゃっていたんです。うちは歌舞伎町で酒屋を営んでいたのですが、クリスマスの時なんかは、街に入ってくるお客さんと出ていくお客さんがぶつかりあうほど賑わっていたんですね。大型のキャバレーもたくさんあったし、アイススケートリンクやボウリング場もあり、みな3時間、4時間待ちの行列でした。
当時は歩行者天国が行われ、かつ深夜営業が可能だったという社会的な状況があって、しかもそういう繁華街的な要素を持っていた街は東京でも歌舞伎町だけだったということが大きかったように思います。夜中にコーヒーが飲めて、ラーメンも食べられて、映画も見られる場所なんて、歌舞伎町しかありませんでしたから。

2000年代初頭には街や映画館などを運営する企業などが一体となり、30秒の歌舞伎町のコマーシャル作りなどの取り組みもあったそうだ。飲食店の従業員らが参加し、すべての映画館で幕間に流してもらうほか、飲食店での映画館半券サービスなども実施した。しかしエンターテインメントシティとして同広場が「シネシティ広場」と命名されたのもつかの間、わずか数年後にはミラノ座を除くすべての映画館が閉館へと追い込まれ、2008年には最大規模を誇った「新宿コマ劇場」も閉館。現在のような活気が戻ってくるには数年を要している。

そうした時代の流れを経て、また新たな形で映画やアート、文化的なものから歌舞伎町を盛り上げようという今回の企画についてはどのような思いがあったのだろうか?

これまでも定期的に周辺の企業の皆さんと集まり情報交換などは行っていたのですが、自分たちで何かイベントをしようという機運というのはなかったものですから、果たして皆さんの協力が得られるのだろうかと心配もありました。今回の企画のハードルが何といっても高かったのは、まずビルを暗くしないと映像が映らないということなんですね。個々にテナントもある中で、電気を落とすのは難しいのではないかと思っておりました。しかし、準備期間もあまりない中、思っていた以上に皆さんご理解いただき、ご協力いただけた成果は大きかったです。
撮影 名畑 恵
東宝ビルの完成後、来街のお客様がすごく増えたという実感が、皆さんの中に非常に出てきたこともあって、歌舞伎町を盛り上げましょうという土壌が出来てきていたのではないかと感じます。今回、街に参画されている企業の皆さんにも、中心になっていただき、互いに呼応しあってスムーズに進められたと思っています。

各参画企業・団体にもお話を伺ってみると、
「歌舞伎町らしいクリスマスの楽しさを提供するとともに、新しいお客さまにも街に足を運んでもらえたらと考えた」
「街のにぎわいを創り出すという共通のテーマを持って連携し、協力しあう体制が出来上がっていくことに期待を感じた」
「一過性の商業イベントではなく、街の土壌となりえる文化活動を街として育むきっかけになればと考えた。現代アートを通して歌舞伎町を表現することで、普段あまりいらっしゃらない方も街を訪れるきっかけになればと思った」
「地域の関係者が一体となって取り組みを進めることで、地域の特色を生かしていけたら」
など、一丸となって街を盛り上げようという思いが伝わってきた。

これまでにも街の活性化のためにさまざまな取り組みをしてきた中で、映画といった文化的なものや歓楽街的な要素などはありましたけど、切り口が「アート」というのは初めてだったんです。「アート」がどう歌舞伎町に受け入れられるのか不安はありましたが、「受けいれられる」「手段としてあり」という実感が湧きました。

やはり、一風変わった企画ですよね(笑) 集客としては3,000人くらいだったと思うのですが、イベントで何人集めたかというのももちろんありますが、それよりも「歌舞伎町でこんな面白いことをやっているよ」とSNSやメディアを通して発信されたことが非常に大きかったと思っています。少し前までは危ない、怖いと思っていたような若い方々にも、「安心して楽しめる、面白いことやっている」というのは伝わっているのかなと感じていますし、それは集客以上の成果であったと思います。
かつての危険な街というイメージを払拭する努力は、もう10年以上続けてきましたが、まだまだ払拭しきれていない。どうするべきかと言えば、今後も街のためになることを考え続け、「楽しい歌舞伎町」を地道に醸成していくことだと思っています。

広場を囲む旧四葉会が再興し、さらに新しく歌舞伎町で活躍する企業も一緒になり拡大を遂げた今回のイベント。終えてみて、今後の連携やビジョンについて、さらにお話を伺った。

今回はどちらかというとユニークな企画だったものですから、今後どういった企画ができるかは考えなければいけないと思いつつも、こうした協力体制ができたので何か一緒にできるイベントがやっていけたらいいなと思いますね。皆さんでやれば、自分たちも参加しているという気持ちも生まれてきますし、うまく繋がっていけたらと思います。歌舞伎町らしさを無くさずになおかつ、若い人たちや家族連れの方々など、皆さんが一層安心して楽しめる繁華街になっていければいいですね。歌舞伎町って本当に遊んでいて楽しいですよね。誰でもウェルカムで。そこが魅力なのではと思います。

これまでと違って、街の中から「やりたい」という声が出てきたという意味では初めての経験で、吉本興業さんのような企業が手伝っていただいたことも大きかったです。(ひょっこりはん、小川暖奈さん(スパイク)さん、EXITさんら人気芸人が映像出演した)今後も他にないような、そういう方々を活かしたような、今街に来てくださるお客さんが興味のある、みんなで笑い合えるようなものを大事に取り組めたらと思います。

参画企業・団体も今後の連携に期待を込める。
「今回のイベントを通して、一般の方の歌舞伎町に対するイメージや興味のあることを客観的に知ることができた。これからもより多くの事業者と協業し、街を盛り上げていきたい」
「今後よりイベントのコンセプトなど時間をかけて企画していく過程で、街の将来像やビジョンの方向性を共有する貴重な機会がもてるのでは」
「もともと多彩な文化を育んできた歌舞伎町が、これからも新しい文化活動が生まれる場所であれれば。ワクワクするような新しいイメージを連携しながら、町全体で生み出していけたら」
「地域が一体となって街が進化し続けることで、新しいものが生まれて行く。広場という空間をさらに効果的に活用していくことで『エンターテイメントシティ歌舞伎町』を実現できたら」

歌舞伎町をステージに何か自分たちができることをやりたい、という企業が増えてきたのは事実ですね。大規模な企業投資を呼び込めるような街にしたいという思いと、投資したいという人との思いが合致すれば、今回の「アート」のようないろいろなアイディアが、これからもっと生まれるのではないかと思っています。ある意味「舞台」は整いつつある。だからこそ、その舞台の上で演舞してお客を呼んでくれるような人たちがこれからも増えていくと良いですね。
歌舞伎町は物販のお店が本当になくて、ほとんどが飲食と宿泊業です。歓楽街的な要素を消すのではなく、秩序がある歓楽街、エンターテインメントシティとして、インバウンドだけでなく、地方から来られる方などにも、誰もが楽しんでもらえるような街づくりを続けていきたいと思います。歌舞伎町はいろいろな味わいがあって、街や人、全部が魅力なんですよね。

歴史を紐解いても、興味深いこの広場とこの街の関係。新しい都市づくりの中で生まれたこの広場に、今また新たなことが生み出される。今後も新宿歌舞伎町のこの広場に皆さんもぜひ注目していただきたいと思う。

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