西武新宿線西武新宿駅に直結し、主要なターミナル駅であるJR新宿駅からも近く、目の前には歌舞伎町が広がる、そんな絶好のロケーションにあるのが「新宿プリンスホテル」だ。最上階の25階に上がると、眼下には新宿の東西両エリアの風景が広がる。
株式会社プリンスホテル(豊島区)の設立は1956(昭和31)年。1977(昭和52)年には「新宿プリンスホテル」が開業、現在は10階〜24階までに全571室を擁し、東京観光の拠点として海外からの支持も高く、宿泊客の8割近くを訪日外国人が占める。今回注目したのは、同ホテルが数年前から企画し提供する「歌舞伎町の街の魅力発信」とでもいうべき、この街のホテルならではのさまざまなコンテンツである。2017(平成29)年に着任し、街を巻き込んでのガイドツアーや盆踊りなど、歌舞伎町に泊まる楽しみを伝えていきたいと奮闘されている「新宿プリンスホテル」事業戦略チーフマネジャーの小野慶さんにお話を伺った。
新宿のホテルに着任された時、街の印象はどのようなものでしたか?
新宿に着任する前は、芝公園にある「ザ・プリンス パークタワー東京」(2005年に開業)に勤務しておりました。隣には増上寺、まわりを芝公園の緑に囲まれた、都心の中でもゆっくりとリラックスできる場所でした。お客さまもどちらかというとホテルでの滞在を楽しむ、ゆったりとした時間を求めていらっしゃる方が中心だったように思います。東洋一の繁華街と言われるような全くロケーションの違う新宿のホテルに着任後は、通勤からして雰囲気が変わりました。賑やかで昼夜問わず人が多く、それだけ人を集める魅力に満ちた街なのだろうと感じると同時に、「では一体この街の魅力とは何だろう」とすぐに興味が湧きました。
新宿プリンスホテルに来て考えたのは、「ここに泊まりにくるお客さまはどのようなことを求めていらっしゃるのだろう」ということです。ホテルの中の動きを観察すると、1日ゆっくりとホテルで過ごしながら楽しむというよりも、むしろ多くのお客さまの目的がいろいろな意味で「街で遊んで楽しむためにここにいる」ことだと、すぐに気が付きました。
そもそも新宿プリンスホテルは、新宿駅界隈の比較的規模の大きいホテル群の中では駅から距離が近い方であり、さらには西武鉄道西武新宿駅直結と、ロケーションとしては優位であると思っています。また開業から44年営業させていただいており、新宿区のホテルの中ではある程度認知されていると考えています。しかし、ホテル建設ラッシュが新宿でも起こっている近年、客室供給量は増えていて、これらの優位性だけでは競争に勝てないと思っています。今まで以上に消費者にプッシュする仕掛けづくりが必要と感じ、またそれを実行することで増え続けるホテルというドメインの中で埋もれずに、逆に優位性をもってビジネスができると考えています。最終的には、自分たちが働くホテルが誰でも知っている名前になることは私にとっての一番の願いです。
歌舞伎町をはじめ、新宿の街で遊ぶことをみなさん楽しみにいらっしゃるのですね。
日本人にとっては、以前は危険なイメージなどもありましたが、今では日本人、外国人問わず認知度は高く、独特な街の雰囲気に興味を持たれて実際に見てみたいと多くの方が遊びに来られます。特に外国人観光客は限られた滞在時間を有効に利用するために、ショッピングや食事、エンタメなどが無限に集まったこの新宿を東京観光の拠点とされています。また東京の次に、箱根や京都といったほかの観光地へ移動されるお客さまもたくさんいらっしゃいます。
多くのお客さまはこの新宿という地に降り立った後、まずは荷物を預けてから散策に出ようと考えます。すなわちホテル・フロントが新宿への訪問・滞在での最初のタッチポイントになります。お客さまにとって新宿で遊ぶことのスタートはホテルからになりますから、我々ホテルはそのお客さまの思いを汲んでサービスや商品を提供していかねばなりません。またこの地を去るときもチェックアウトが最後のタッチポイントになります。
チェックインからチェックアウトまでの間にどれだけお客さまを楽しませられるかが重要だと思っていますし、そのためのモノやコトをどれだけ提供できるかが重要だと部下には説いてきたつもりです。
格安の海外旅行パックなどに出かけて、その訪問地の記憶はあるけれど泊まったホテルの名前は覚えていないということがあります。「新宿プリンスホテル」もそのようなホテルにならないよう一人でも多くの方に、忘れられないようなホテルとなるためのサービス・商品の提供について、またホテルのファンを作ることの重要性など、同僚とは常に話をしています。
観光客にとっての、東京におけるファーストコンタクトを担う立場として、実際どのようなことに取り組まれたのでしょうか。
2017年秋、当時は外国人のお客さまが多く、ストレートな表現をすればきっと「ワオッ!」とストレートな反応が返ってくると思っていました。そこで手探りながらもハロウィーンに合わせて社員が仮装し、お客さまをお出迎えして一緒に記念撮影をするという企画の導入を目指しました。社内にはそのようなことをして良いのかという疑問も生じましたが、社内を説得し、自ら仮装して率先してロビーに立つことで、ホテルスタッフの不安が和らぎ、徐々に楽しそう、仮装してみたいという気持ちに移っていったことを覚えています。2日間実施したのですが、1日目より2日目の方が参加スタッフも増え、お客さまとの写真撮影の枚数も増えました。両日で約200枚撮影しお客さまにプレゼントさせていただきました。
この仮装を通じて、お客さまに喜んでいただけたのはもちろんのこと、ホテルスタッフの「自分たちも何かやればできるんだ」というマインドチェンジにもつながりました。
それとは前後しますが、ご縁があって「歌舞伎町コンシェルジュ委員会」(ホテルのコンシェルジュが宿泊客に対して、歌舞伎町の魅力を紹介できるようになることを目指して立ち上げられた取り組み)にも参加する機会がありました。会には大きな事業体から歌舞伎町のホストクラブ、キャバクラといった業種の方々もいらして、歌舞伎町らしい会で非常に興味が湧きました。今までなかなか接点がなかったのですが、歌舞伎町という人を引き付けて止まない街を構成する業態の方々ですから、こうした方々とコラボレーションし、企画を商品化することは、他のホテルとの差別化、さらには街の魅力を伝えることにもつながります。
余談ですが、同じ歌舞伎町内にあります「ホテルグレイスリー新宿」とも、新宿・歌舞伎町を楽しみたいと思われているお客さまにどう喜んでいただくかという視点でタッグを組みました。「ホテルグレイスリー新宿」に宿泊された方は当ホテルのレストラン(ディナー)が割引に、また当ホテルに宿泊された方も「ホテルグレイスリー新宿」でのディナーが割引となるという企画です。選択できることはお客さまにメリットを生み出し、満足度向上につながると考えましたし、この街に訪問客が増えれば増えるほど、我々のビジネスも潤います。
このように街の事業者さんとコラボしたり紹介したりすることで、街の魅力を知ってもらうきっかけになり、少しでも街の発展に寄与できたら、また滞在中のお客さまには安心して歌舞伎町を楽しんでいただくことにつながればと考えていたものの、コラボを推し進める中では、初めての業態の事業者さんが多く、どうしたら魅力ある企画商品を作り上げられるかは課題でした。ただ、ホテルが泊まるだけの場所ではなく、「滞在中の安心安全を担保し、どれだけ楽しみを提供できるか」「さらにそれをサポートするところまでがホテルの役割である」という点はブレない部分でしたので、この2点を念頭にさまざまなコンテンツを集め、お客さまが街で遊べるようリードしていければと考えていきました。
その思いが形となったのが「歌舞伎町ブックセンター」とのコラボだったのですね。
※「歌舞伎町ブックセンター」: ホストクラブを含む飲食店などさまざまな事業を歌舞伎町で展開する「Smappa!Group」会長で、歌舞伎町商店街振興組合常任理事も務める手塚マキさんが2017年10月にオープン。恋や家族愛、地球愛など「LOVE」をテーマに約400冊の本を並べ、現役ホストが接客を務めお薦めの本の紹介なども行った。手塚さんの「ホストにもっと本を読んでもらいたい。本を読むと感情の幅が広がりコミュニケーション力も高まるのでは」との考えもオープンのきっかけとなった。入居ビル建て替えに伴い一時閉店、現在移転準備中。
ホテル側から街を盛り上げ、多くのお客さまに歌舞伎町に足を運んでもらいたいとの思いから、地元のスパやアミューズメント施設とコラボした宿泊プランを提供するなどしてきました。企画を重ねながら、もっとこのエリアでしかできないこと、「歌舞伎町ならでは」の街の姿や楽しさを紹介できる企画はないだろうか、この街を代表するような業態と一緒に何かアプローチができないかと深掘りしていきました。
その中で実現したのが「歌舞伎町ブックセンター」とコラボしたカップル向けディナープラン「『本』で『愛』を育む歌舞伎町スタイル・『愛』の風雅コース」でした。手塚さんとの出会いもコンシェルジュ委員会がきっかけでしたが、オープンされた本屋に伺ったら非常におもしろくて企画をご相談しました。歌舞伎町はエンターテインメントの街なので、新宿の夜景を眺めながらのディナーと2人のために選んだ本を楽しんでもらえたらと考えました。本は、事前に答えていただいたアンケート情報を元に「歌舞伎町ブックセンター」が2人に合わせ、「LOVE」をテーマにセレクトしプレゼントしました。ほかにはない、街の皆さんと一緒に企画できるような、この街に特化したサービスをどれだけ盛り込めるかというのが根底にずっとあります。