映画やテレビドラマなどを見ている時に、自分の知っている街が登場してなんだかワクワクした気分になったことはないだろうか。逆に知らない街に惹かれて旅したい気分に駆られることもあるかもしれない。歌舞伎町をはじめ、新宿エリアも歩いていると「この場所は、あの映画のロケ地になったところだ」と気づく場所に出会うことがある。そうした映像作品などに登場する街や施設などを訪れる「ロケ地めぐり」は近年「聖地巡礼」とも呼ばれ、作品のファンの間で人気となっているだけでなく、ロケ地は街の観光資源として活用されることも多い。
撮影用のセットではなく、外へ出て実際の街や施設などで行うロケ(ロケーション撮影)の際、制作チームと撮影先の地域をつなぐのが「フィルムコミッション」と呼ばれる団体だ。世界各国にさまざまな形で存在するフィルムコミッションだが、日本国内には約350の団体が存在する。
都の観光行政を補完する役割を担う公益財団法人東京観光財団が運営する「東京ロケーションボックス」は、東京都の窓口として映画やテレビドラマなどが円滑に制作できるようサポートするフィルムコミッションだ。情報提供などロケ地探しから都内各所のロケ支援窓口の紹介、警察・消防、施設管理者といった関係機関への撮影許可に関する手続きや調整など、サポートの内容は幅広い。
映像作品を通して東京の魅力を国内外に広く発信し観光振興に努めるとともに、ロケ撮影を活用して地域の活性化を図る同財団地域振興部のフィルムコミッション担当、田中克典課長、遠藤肇さん、松本忠さんのお三方に話を伺った。
編集部:
フィルムコミッションという存在はいつ頃、誕生したのでしょうか?
遠藤さん:
世界でフィルムコミッションができたのは1960年から1970年代頃だと思います。日本は2000年になる前、関西で立ち上がったのが最初です。区市町村が連携していたり、観光協会や役所が担っているところもあります。
田中さん:
東京ロケーションボックスは2001(平成13)年、石原都政の下に設立されました。石原慎太郎都知事(当時)の「銀座でカーチェイスを撮れるようにする」という発言もあって、業界は非常に期待して盛り上がりました。ただとにかく人や交通量が多いなど、東京での撮影の難しさはなかなか変わらず今日に至っています。
最初は「文化」という切り口で立ち上げられましたが、今は東京都産業労働局の観光部に主管が移っているように、全国的にも観光振興の要素が強くなっていると思います。
編集部:
新宿でロケ支援を手掛けられた作品にはどのようなものがありますか?
松本さん:
最近では2019年と2020年に放映されたテレビ東京の「記憶捜査〜新宿東署事件ファイル〜」があります。架空の「新宿東警察署」という設定で全話、新宿区内を舞台にした物語になっています。製作会社であるホリプロさんの「実際に新宿の街で、ロケ主体で作りたい」という強い思いから、歌舞伎町をはじめゴールデン街や花園神社、新大久保、高田馬場、四谷などで撮影を行いました。あそこまでリアルな新宿にこだわって撮影した作品はテレビドラマとしては初めてだと思います。人気も高い作品でした。そのほか、映画『いぬやしき』(2018年、佐藤信介監督)、Netflixシリーズ『全裸監督』シーズン2(2021年、武正晴総監督)などもサポートしました。
編集部:
新宿でのロケはどのように進められるのでしょうか?
松本さん:
まず新宿観光振興協会にお話をして、それから歌舞伎町エリアであれば歌舞伎町商店街振興組合や歌舞伎町タウン・マネージメント(歌舞伎町のまちづくりを実現するため、2008年に新宿区により設置された団体)へ足を運びます。同協会や組合、商店街や町会の人々の協力・支援なしには撮影できません。すべては地元との連携から始まります。
中国映画「唐人街探偵 東京 MISSION」(2021年公開、チェン・スーチェン監督)の撮影時には、歌舞伎町シネシティ広場に大掛かりな新宿駅のセットを作りました。これも各団体へ相談に行き、その後製作チームがロケ地周辺のオフィスや店舗など200〜300軒それぞれに挨拶して回りました。撮影は広場の周囲をフェンスで囲って行いましたが、エンドロールで踊るシーンなどもあり、主要なキャストはじめものすごい人数でのロケでした。フェンス越しに一般の人もけっこう観覧していましたね。
編集部:
新宿という街へのロケ要望は国内外から多くありますか?
松本さん:
歌舞伎町を中心に新宿駅の東口、西口周辺、それから新大久保などで撮りたいという声は多いです。ただ実際にはどこも非常に人が多くて、それを整理しながら撮影ができるかとなると、皆さん考えてしまうのではないでしょうか。
今申し上げたような場所は原則規制エリアになっていますので、一週間もしくは1日の中で人の数が少ない時間帯などを製作スタッフが現場で調査し、その集計に基づいて撮影に関する相談を警察などと行い許可を取ります。
歌舞伎町は道路だけでなく、ゴールデン街にある店やホストクラブなどを借りてその店内で撮影することもあります。撮影イメージに合う店に出会った製作スタッフが、プライベートも含め何度も通って交渉し、コミュニケーションを重ねて撮影を実現させたという話も聞いたことがあります。歌舞伎町のような街は制作者にとっては撮りたい風景であり、どこか別の場所で撮るというのはなかなか難しい。だから(施設内など)できるところでなんとか撮りたいと、みなさん思いを強く持たれていらっしゃるのではないでしょうか。
遠藤さん:
昔、静岡県浜松市の商店街を歌舞伎町に見立てて撮影したものもありました。渋谷のスクランブル交差点も同じくらいロケ地として海外から要望が多い場所ですが、まず撮れないんですね。そうしたものを地方で撮るということがあって、渋谷のスクランブル交差点は、まったく同じ縮尺のものが栃木県の足利市に作られています。
先ほどの「唐人街探偵 東京 MISSON」と、同時期にあった日本映画「サイレント・トーキョー」、Netflixドラマ「今際の国のアリス」の3作品が合同で建設しました。
田中さん:
その後も需要があるとセットを残していて作品も何本か撮られているし、観光振興にもつながっています。どこかに歌舞伎町界隈も、看板や道路をそのまま再現したようなセットを建設したら、きっと海外から大きな反響があると思います(笑)。
編集部:
海外の制作者が撮りたいのは、新宿や渋谷のような繁華街のイメージが多そうですね。
遠藤さん:
作品によってそれぞれいろいろあると思いますが、繁華街のほかには、例えばビルの谷間を首都高が縫っていたり、環状道路を車が走り回っていたり、一見不思議な光景が東京らしいというのはあるかもしれません。
田中さん:
夜景やレインボーブリッジ、東京タワーも多いですね。電信柱と電線の風景、小さな路地と高速など、昔ながらの姿と近代的な風景の組み合わせなど、ギャップの妙でしょうか、そうした街並みも興味深いのだと思います。
遠藤さん:
都市の中でだんだん「濁」は無くなってきていますが、歌舞伎町のようなどこか清濁併せ持った雰囲気というのは、もうあのまま撮りたいと来られる方が多いですね。時代もの、少し前の年代のものも、歌舞伎町でよく撮られます。
松本さん:
ほかでは撮れないですよね。歌舞伎町は絵になって、作品としての魅力にもつながるのではないでしょうか。
遠藤さん:
僕は実は「歌舞伎町スタジオ計画」というのを考えたことがあります。街全体が一つの遊園地みたいになっていて、中に入るとそこかしこでロケをやっているかもしれない。それも承知でみんなが遊びに来られるような空間。区や地域の方と一緒にできたら面白いのではないかと思って(笑)。
田中さん:
歌舞伎町はそれほど独特で、同じような街は他にないですよね。
編集部:
東京の魅力がより世界に発信され、文化や観光が盛り上がると良いですね。
遠藤さん:
新宿は映画などの文化を街の旗印にして、街おこしをしようという動きもあると思います。東京は「撮影しにくい」というのが業界の常識のように広がっていますが、内閣府が中心となって行っている有識者会議などにはジャパン・フィルムコミッションも加わり、国内ロケ撮影の状況が好転するよう努めています。我々も思いは同じ。松本は警視庁の、僕は日活のOB、そして田中は制作者を経て新潟でフィルムコミッションを立ち上げた経歴を活かし、各方面と関係を築きながら一つずつ積み上げています。
松本さん:
歌舞伎町はかつて撮影時にトラブルなどが起こることもありましたが、現在はさまざまな団体を通じて撮影がしやすい方向に向かいつつあります。実は、今ロケ支援の話を一番しやすい街は新宿かもしれません。
田中さん:
当課のスタッフは新宿観光振興協会はじめ、歌舞伎町商店街振興組合、歌舞伎町タウン・マネージメントには同じ作品でもすごい回数足を運んでいます。一生懸命話を聞いてくださる各地域の方々との積み重ねを大事に、これからも映像作品と街をつないでいきたいと思います。
関連URL
東京フィルムコミッション「東京ロケーションボックス」
https://www.locationbox.metro.tokyo.lg.jp