「街のビール屋さん」を100年後も残る「文化」にできたら
「ビール工房新宿」創業者・能村夏丘さんの思い

2018.04.12

新宿駅をまたいで東西へ延びる青梅街道。西から新宿駅を目指すと、駅手前、神田川を越えた右手に熊野神社が、その先には都庁を含む高層ビル群が立ち並び、いかにも東京らしい風景が広がる。
その青梅街道に面した高層ビルの一角、駅にも程近い「新宿野村ビル」(新宿区西新宿1-26-2)の地下2階で、自家醸造した出来立てのクラフトビールを提供しているのが、2017年11月にオープンしたブリューパブ「ビール工房新宿」だ。

ブリューパブとはブルワリー(醸造所)が併設された酒場のこと。2010年、高円寺で誕生した「ビール工房」は、三度の飯よりも「ビールが好き」という能村夏丘(かきゅう)さんが、28歳の時「地に足がついた一生の仕事をしたい」と探した中でたどり着いた形だった。

「最初は『生業として夫婦で一軒の店を営む』という世界観でスタートしたんですが、夢が壮大になっていって。まるで『街のパン屋さん』のように、日本中どこにでもその街のビール屋さんがある、そんな未来が作りたいと、意外にもすぐに思うようになりました」と能村さんは振り返る。店には遠方からも人が訪れ、「うちの街にも欲しい」という声が多く届いたという。

出店するならば「アウェイ」でなく「ホーム」の感覚がある街にと、結婚以来住んでいる高円寺に創業した1号店を皮切りに、両隣である阿佐ヶ谷、荻窪、続いて中野、西荻窪と各駅に1店舗ずつ、2015年までに5店の「ビール工房」を出店する。

「普通は隣町には出店しないと思います(笑)でも、イメージは街のパン屋さんですからね。隣町に存在しなかったら、そもそも僕の描いている夢は嘘になると思ったんです。だから自分で実験し、証明してみようと。それに都心や商業圏に出店したら、いいとこ取りの虫食いのような出店になってしまう。街の人に愛されるような店、その街の人たちでほぼ埋め尽くされているような店が、あるべき姿だと思っていました」と能村さん。

新宿出店は、2016年に西武線沿線の高田馬場、所沢へ出店した後に舞い込んできた話だった。「東京で起業し仕事をしていく上で、東京らしい場所は一通り挑戦すべきだと思ったし、都会の店舗はいずれやるべきだと考えていました。やるなら、自分自身もよく飲んだり遊んだりして『ホーム』の感覚があった新宿だとおぼろげに思っていたんです」

「一方で、ビールの醸造所って日本に300軒くらいあるんですけど、こういう飲食店としてやっているのは稀で、大抵は郊外に大きな工場を構えて出荷するんですね。『ビール工房』は住宅地である高円寺で始めて、中野で繁華街に、所沢で百貨店内に出店するという経験を重ねたので、都心である新宿で店が出来れば、一つ達成感があるかなと思いました」とも。

それでも高層ビルの、しかも地下2階への出店は「ないだろう」と最初に思ったという。「街のビール屋さんって路面にあって、歩いていたら常に景色に入ってくるぐらいの存在感なんです。高層ビルの一部になるというのは、社員食堂のような、閉じた存在になってしまわないか、と感じていました」と能村さん。

「現地を視察してみると、新たな発見がありました。社内では『ローカル』と『トラベラー』と分けていて、ローカルが8割を越える店にしようと決めていました。始めはローカル=住民でしたが、出店を重ねる中で、毎日スーツの人が仕事帰りに立ち寄ってくれる店もある。そういう人はローカルなんじゃないか、と定義や解釈が広がっていきました。そう考えると野村ビルには5,500人のローカルがいるわけです。

そもそもこの辺りは路面の商店街がなく、店は皆ビルの中に入っています。このビルは北側の青梅街道に開けていて、すっと階段を降りてレストラン街に行けるような開放的な雰囲気もありました。ビル自体も飲食フロアに力を入れていて、近隣から人が集まれる場所にしたいと尽力している。これまでの出店エリアと、青梅街道や西武新宿線でつながったこの場所こそ、出店するにはベストな場所で、かつ東京らしい。新宿でしかできないことができるのではと思いました」と能村さん。

大手ビール会社が手掛けるビールも大好きという能村さんが、仕事としては一切真逆のことをしようと考えたビール作りには、その場で作って提供することでしか出せない、新しい味わいや価値があると話す。

「一番に掲げているのは『出来立て』ということです。意外とビール市場には『熟成』こそあっても『出来立てのおいしさ』という発想がないんですよ。でも食品だから、絶対に出来立てのおいしさってあるはずだと思って、僕らは『作りたて』に特化しようと考えました。ブルーパブならそれができるし、ビールの世界が広がることで、ビールファンも増えると思うんですよね」

「その上で、飲みやすくて毎日飲んでも飽きないもの、飲み応え重視のもの、色のバリエーション、麦の甘さや香ばしさ、ホップの苦みを感じられるものなど、一つずつ作っているからこそのハンドメイドの良さが出た多様なビールを楽しんでもらえたらと作っています」と能村さん。

新宿で作るビールは「レギュラー」(磨き抜かれたレシピで常時店頭にあるもの)3種のほかに、「リミテッド」(春の花見やバレンタインなどに合わせて作る限定ビール)と「アース」(ユズやイチゴ、夏みかんといった、その季節の旬の収穫物で作るビール)を合わせて5種類ほど用意する。

「『ビールが苦手』という人にこそ飲んでもらいたい。ビールってどちらかというと一日の最後に飲むものですよね。それがおいしければ、気分が良くなったりリラックスできたりする。社交性の高い飲み物だけど一人で飲んでもいいし、外で飲んでも家で飲んでも楽しい。ビールの力はすごいですよ。人と人をつなげる力もあって。実はビール工房で出会って結婚する人、けっこう多いんですよ(笑)だから新宿店も、人が集ってくつろげる、公園のような存在になれればと思っています」

近頃は、ビール工房を通じて「街づくり」そのものを考えているという。「新宿は発信力のある街ですよね。これからは、一軒の店としてあるだけではなく、街全体として、街の人と共にあろうと考えています。過去を紐解き、現在を生きるその街の人と話をしながら未来を作っていきたいな、と。『新宿で作った新宿の地ビール』といったように、自分の街で物づくりをしているというのは、ローカルの人たちにとっては誇らしく感じられるのではと思うんです。地域の特産物を使うこともできるし、街としてのアイデンティティーの確立にもつなげていけるかもしれません」

「私は『街のビール屋さん』を『文化』にしたいと思っているんです。それは100年後も残って存在している、ということです。100年後、形あるものはすべてなくなっているけれど、そんな中で絶えないものが『文化』なのではないか、と。ヨーロッパには500年、1000年プレーヤーがたくさんいて、ビールも、私たちにとってのお茶のように、日常に当たり前に存在しています。

大量生産で作られたビールがすっかり日本のビール文化としては定着していますが、日本酒のように、その地域の酒を醸すような文化が日本にも古くから存在しています。そうした精神がビールというフィールドでできたらおもしろい。街とつながり、その街で醸造し100年後も残っている存在でありたいと思うと、おのずと街の未来を考えることにつながっていくんですよね。

新宿ならば新宿らしさをより追求していきたい。自分が暮らしたり、過ごしていたりする街というのは、好きになりたいし、『良くしていきたい』ということが街の未来なんじゃないかなと思います」

営業時間は、平日11時30分〜14時30分(ラストオーダー14時)。17時〜22時30分(ラストオーダー21時30分、ドリンク22時)。日曜は11時〜21時(ラストオーダー20時、ドリンク20時30分)。

 関連リンク 
「麦酒工房」 http://beerkobo.web.fc2.com/

Editorial department / 本文中の本アイコンは、
歌舞伎町文化新聞編集部の略称アイコンです。

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