2018年5月のとある日曜日、歌舞伎町周辺に点在するライブハウスは、昼間からリストバンドをした若者たちで賑わい熱気を帯びていた。この日行われていたのは、新宿最大級の音楽フェスティバル「CONNECT歌舞伎町 MUSIC FESTIVAL 2018」(以下、「コネクト」)だ。
初めて「コネクト」が開催されたのは2014年。歌舞伎町の中心にある屋外ステージ「歌舞伎町シネシティ広場」と5つのライブハウスを会場に、67組のアーティストが参加する、日本初の「街なか」音楽フェスティバルとなった。2017年の第2回開催時にはライブハウスは8店舗に拡大、全103組のアーティストが集結した。
このイベントで特徴的なのは、その主催がライブハウスの代表者で構成される「コネクト歌舞伎町実行委員会」だけでなく、歌舞伎町の商店が組合員となって構成される「歌舞伎町商店街振興組合」との共催で行われている、という点ではないだろうか。
まさに街を巻き込んでのイベント。企画を提案した張本人であり実行委員会委員長としてプロデュースをするのは、自身もDJとして国内、海外を舞台に活動され、また現在、歌舞伎町でお好み焼き屋「大阪家」を営む柴本新悟さんだ。
「新宿LOFT」「新宿アシベホール」など名だたるライブハウス10店舗に加え、日本のホストクラブ文化を牽引してきた老舗ホストクラブ「愛 本店」が加わり、総勢121組のアーティストが集結した第3回目の「コネクト」を終えたタイミングで、柴本さんにこのイベントの始まりと現在、未来についてお話を伺った。
2018年のコネクトを終えられて、今の感想はいかがですか?
ライブ自体とても盛り上がっていました。当日は後半雨が降ってしまったのが残念でしたけど、たくさんの人に来ていただきました。ライブハウスからも多くのお客さまが回遊されていたという声をいただいたので、とてもいいイベントになったかな、とは思っています。
そもそもイベントのアイディアは、どんなところから思いつかれたのでしょうか?
歌舞伎町界隈は西新宿にある熊野神社の氏子で、この神社の例大祭が毎年9月に行われます。私はこの街で飲食店を経営していることもあって、お祭りへの参加をきっかけに「歌舞伎町商店街振興組合」に出入りするようになりました。
組合というのは、街のイメージアップに繋がるような活動をしたりしているところですが、そこで「若い人たちにももっと積極的にそうしたことをやって欲しい」とお話いただきました。その時に思いついたアイディアなんです。
実は歌舞伎町にはたくさんのライブハウスがあるのですが、意外と狭い範囲に密集していて、その中には全国に名の通っているような店も複数点在しています。こうした皆さんと協力して音楽イベントができれば、歌舞伎町の街おこしに、参加していただく店舗にも、イベントを通じて何か違うビジネスにつながるようなコネクションやチャンスを創出できるのではないか、と考えました。
私自身、飲食店を経営している立場からすると、歌舞伎町にたくさん人が来なければそもそもビジネスチャンスがありません。もちろん自分の店を宣伝したりブラッシュアップしたりして集客を増やすというのは当然ですけど、そうした努力だけでは限界がありますし、個人の店が何かアクションを起こすのはなかなか難しい。だから、街自体に人をたくさん集め楽しんでもらい、同時に飲食店も利用してもらえるような、何かアクションが起こるきっかけを街全体で作らなければいけないのでは、とずっと思っていたんです。
柴本さんはDJ として活動されていた経歴をお持ちですが、クラブイベントを行うというアイディアなどもありましたか?
はい。でも、歌舞伎町にはDJイベントができるスペースやクラブがないんですね。僕がDJ業界の知り合いを外からこの街にたくさん連れてきて、ライブハウスを借りてクラブイベントをやるというのは、ちょっと違うなと思いました。
ジャンルは違えど、「音楽」というのは業界が縮小しているとは言われている現状にあっても、今だに若者に向けて強い訴求力を持っていますし、それを一つのファッションにすることもできるツールだと思うんです。
歌舞伎町に飲食に来られたり遊びに来られたりする世代というのは圧倒的に若い方が多い。ならば、まさにその年齢層をターゲットにしたイベントをやらないといけないんじゃないか。歌舞伎町はロックが得意な街だから、ロックミュージックを主体としたイベントがあったらいいんじゃないか。そんなふうに自分の中で、「街」と「人」と「音楽」とこれまで考えていた一つ一つの点が繋がったというのが、このアイディアの起点になっています。
イベントの企画をお話しされて、組合の方々、ライブハウスの皆さんの反応はいかがでしたか?
組合に出入りするようになったのは2013年頃でしたので、本当に「コネクト」のアイディアはすぐ実現に向けて進み出しました。僕たち30代後半、40代前半の世代というのは、当時組合には誰もいなくて、役員の方々から見ると僕は年齢的に息子みたいなものだったと思います。「こういうイベントをやったらいいんじゃないですか」と提案すると、「やってみたら」と好意的なお返事をいただいたので「え、本当にいいの?」と思いましたけど(笑)
ライブハウス側も、ご近所同士数件並んでいる店もあって、合同で行うイベントも何度となくやっていらっしゃったと思うのですが、これだけ大規模に集まり、ましてや街をあげてイベントを行うというのは初めてのことだったと思います。
僕はジャンルが違うので、率直にいうとロックバンドの今のことあまり知らないんですね。だから出演するアーティストのブッキングは僕が主体になって行うのではなくて、「日々、それぞれのお店でたくさんのバンドを見ているスタッフの皆さんにお任せします、そこからイベントのプログラムを作りましょう」と各ライブハウスにお話差し上げました。
普段は同業者同士だからこそコミュニケーションが取りづらい場面もあったと思います。でもイベントをやるために連絡を取り合い、定期的な会議などを重ねて行く中で、ライブハウス同士横のつながりが生まれ、日ごとにコミュニケーションが深まっていくのを感じました。それぞれが『歌舞伎町を音楽の力で元気にしよう』という目標に向かって注力してくださいました。
海外で、何かヒントになるようなイベントにも出会われたと伺いました。
「アムステルダムダンスイベント」という、オランダで行われるフェスティバルがあるんですけど、これは街なかのあちこちのクラブ、公共の広場などを使って5日間くらいずっとやっているんです。
日本に比べると海外では、公共の広場の貸し出しなどについて、もちろんいろいろな規制もあるのでしょうけど、概ね協力的だと感じました。また、ドイツのベルリンではクラブの防音工事に対して補助金が出るなど、ダンスミュージックそのものが「産業」としてかなり認められています。
アメリカでも音楽イベントを開催する際には、音楽の業界人が集まる場所をちゃんと作っているんですね。イベントにDJをブッキングすれば、彼らに付随してプロモーターやレーベル、ブッキングの事務所、他のイベンターも集まります。集まれる「場」があることで、人の交流が生まれ新たなイベントの企画が立ち上がるなど、ビジネスチャンスも生まれます。
日本では、音楽業界側も行政などへのアプローチがなかなかうまくないように思いますし、逆に行政サイドも、音楽イベントやエンターテインメントというものを、どう取り扱ったらいいのかまだよくわからない部分があるのだと思います。海外のさまざまな場所で盛んに行われているこうした「機会と場」を歌舞伎町でも作れたらいいな、と思いました。
「コネクト」は街を巻き込み、時に行政にも働きかけながら、各ライブハウスを繋ぐ役割を柴本さんが担われています。
シネシティ広場を使った年もあったので、行政との交渉など外郭やプロモーションは自分が担い、中身の音楽コンテンツは各お店にお任せするという運営方法を取った事が一番キーになるところかもしれません。分業じゃないですけど、お互いがそれぞれのポジションを担当することによって一緒に作り上げていきましょうというのが、始めから思い描いていた形でした。
2018年はライブハウス以外に、ホストクラブ「愛 本店」が初参加しました。音楽フェスとしては異色なコラボでありながら、新宿ならではの価値もより高まったように感じられましたが、いかがでしたか?
今、歌舞伎町でホストクラブが盛んになっているその源流はといえば「愛 本店」です。日本で一番古いホストクラブであり、まさにレジェンド。日本のホストクラブ文化の礎を作ったと言って過言ではないんですね。僕たち若い世代の、これから歌舞伎町で新しいカルチャーを作っていこうとする活動に、「何ができるかわからないがぜひ参加したい」と、歌舞伎町の風俗文化というカルチャーを作ってこられた張本人が声をかけてくださったことは、大変意義があることだと思いました。
そこで開催されたのはハウス音楽と「マグロの解体ショー」を合わせた「マグロハウス」でした。どういうきっかけで実現されたのでしょうか?
ライブハウスの店長たちが集まる会議でプログラムについて話し合いましたが、実はなかなかいいアイディアが出なかったんですね。ホストクラブというシチュエーションでイベントを作ったことがないので、どういう音楽でどういうプログラムにしたら店が盛り上がるのか、その絵が誰も思い描けなかったのです。出演が決まっていたバンドから、ぜひ「愛本 店」でやりたいというオファーもありましたが、どうも違うな、と。
それで一旦僕が持ち帰り、愛 本店の皆さんに「愛 本店で何をやったら盛り上がりますか?今まで何をやったら一番盛り上がりましたか?」と聞いたら、その答えが「マグロの解体ショー」。それで「マグロハウス」になったのです。
音楽フェスでマグロの解体ショー、非常に斬新ですね。
歌舞伎町らしい色を出さないと他のロックイベントと同じになってしまうので、「愛 本店」から参加のオファーをいただいた時点で、「これはいい!」と心の中で思っていたところがありました。
もちろん、音楽イベントとしては「超イレギュラー」な会場です。イレギュラーな上に特徴的な会場、という位置づけが僕の中である以上、何が行われてもよかったんです。「マグロですか、わかりました。解体するんですね」って(笑)音楽エンターテインメントを飛び越えたカオティックなものがあってもいいんじゃないかと思いました。
シンボリックな新宿のアイコンと言えるような場所。行ってみたいと思った人も多かったのではないでしょうか?
お客さまもメディアも反響はものすごく大きかったですね。まずそこに行って写真を撮るというのがルーティーンになっていたようで、お客さんも必ず行っていたと聞きました。なかなか普段入れないですから、楽しんでいただけたのではないでしょうか。
「愛 本店」の参加は、この先コネクトが進んでいく道における新たな可能性の一端を感じさせます。
歌舞伎町という場所の特性上、ホストクラブというのはもう今現在だけの話で言えば切ってもきれない場所です。ホストクラブが音楽イベントに参加し、会場になったというのは他では聞いたことがないと思いますし、歌舞伎町でしか起こり得ないと思います。
「コネクト」は音楽イベントとして立ち上がりましたが、まだまだいろいろなアプローチがあると思いますし、もしかしたらこの先、歌舞伎町にもっと違ったエンターテインメントが入ってくる可能性もあるかもしれません。今後振り返ってみた時に、今回の「愛 本店」の参加がそうした広がりの予兆になっていた、と思う日も来るかもしれません。
回を重ねていく中で、当初思い描いていたイベントの姿により近づいた部分というのもありますか?
これだけのイベントをこの街で行ったことはあまりなかったので、1回目のイベントを終えた時にも確かに大きな手応えを感じました。ただ同時に、足りないことや改善したいこともたくさんありました。
一方、地元の飲食店などにも参加してもらえたらと考えていますが、それは徐々に増え、3回目が一番良かったです。ただ参加店舗が増えたというだけでなく、実際にそうした店にリストバンドをつけたコネクトのお客さんが足を運んでくれたんですね。
今、柴本さんにとって新宿はホームでもありますが、どのような街だと感じられますか?
かつては歌舞伎町にも1,000人以上入る大きなクラブや、小さいDJ バーもたくさんあり、渋谷、六本木と同様、新宿も遊びに来る街の一つでした。商売を営んでいることもあり、今は街への思い入れもだんだん強くなってきていますね。こんなふうに街と関わるようになるなんていうのは夢にも思ったことなかったですけれど(笑)
そもそも組合にかかわらなければ「コネクト」をやろうとは思わなかったですから。僕はこういうようなことをやるような人生になっていたんでしょうね。
新宿は「ファッションがない街」と感じています。もちろん駅前には有名ブランド店も並んでいますしファッションがないわけじゃない。でも渋谷や原宿のようにファッション=流行が街の動向やイメージを引っ張ってはいないと思います。
渋谷であるファッションが流行れば、大多数の人がそうしたファッションに身を包んで歩くと思います。するとある意味、街が同じ方向に向かいやすいし、メディアも街を一つのファッションとして動かしやすいのではないでしょうか。でも新宿にはそれがない。新宿にいる人たちは各々、自分の好きなベクトルに動いているというのが僕の感じるところです。
そうした街で、イベントをやることには難しさもあるのでしょうか?
「コネクト」も、最初は「新宿っぽいバンドをブッキングしよう」という話が出ました。新宿出身とか、拠点にしているとか、新宿っぽいサウンドとか。でも、そんなバンドはいないね、という話になって。
ファッションが起こりにくいというのは、イベントや何か大きなことを仕掛けようという時には、マイナスだと思いました。でも新宿はマイナスよりもプラスの方が大きい。他人のやっていることに干渉しないし、誰も指摘しない。代わりに、自分が好きなことを好きなようにやっているのも新宿です。だから逆に考えれば何をやってもいいんじゃないかと思うんです。
何か仕掛けたこと、小さなセグメントが自然と集合してそれが「自発的」にはやるのであれば、それは自然な流れから生まれたものなので良いと思いますが、誰かがいわば強制的に、どこか一つの方向に向かわせようとすると、新宿っぽくなくなってしまうと思います。
けれど、他の街に比べるとそれは多分起きにくいと思うのです。ファッションや大衆的な動向に興味がない人たちが集まっているのであれば、そもそも仕掛けてもしょうがないのですし、そういう街だから新宿に来ているという人たちの集まりだと思うんです(笑)
一つ一つはバラバラで少数かもしれないけれど、いろいろな趣向の人を集められる、というのが新宿の街の姿でしょうか?
そうだと思います。小さいコミュニティー同士が結びついて、やがてそれが大きなコミュニティーに成長していくんだと思います。それは「コネクト」でいえばライブハウスとライブハウス同士の結びつきからスタートします。ライブハウスのコミュニティーが強くなって一つの大きなネットワークが出来上がれば、アーティストへの出演アプローチもより効果的に行えるかもしれません。結果、内容が良いフェスティバルに成長し、お客様に支持されるコミュニティーが出来るんだと思います。
コミュニティーづくりに必要なのは、個々が互いを「尊敬する」ことだと思うんです。互いに染まることも吸収される必要もない。人のことに口出さない、干渉しないっていうのは裏を返せば、相手に一定のリスペクトを払っているということで、新宿はそれができている街だと思います。
少子化など様々な問題を抱える中で、これからは企業も店舗も単独ではなく、互いに尊重し合いコミュニティーでビジネスを作っていく必要性があるのではと強く感じています。
「コネクト」はそんなコミュニティーの形成につながるようなイベントになって欲しいですね。年に1回開催するとなれば、準備の為に普段から連絡を取り合うようになり、交流が生まれます。そうなれば各ライブハウスの日常イベントもやりやすくなるかもしれません。その先に、ライブハウスから新宿発信のスターが出て来たり、「歌舞伎町ってライブハウス流行っているよね」と、カルチャーが生まれたりする未来があるといいですよね。