新宿の街の歴史と文化の変遷をたどる
「新宿の迷宮を歩く 300年の歴史探検」
著者 橋口敏男さん(新宿歴史博物館館長)

2019.08.26

新宿駅は2011(平成23)年、一日の平均乗降客数が364万人あるとしてギネス世界記録に登録認定されたほどの巨大ステーションである。1885(明治18)年の誕生時は武蔵野の雑木林に囲まれ、同駅を走る日本鉄道品川線は貨物の輸送がメインとはいえ、利用客が一日50人程度だった(新宿駅の乗降客は10人に満たなかったとも)と聞くと、ここ100年の街の進化に自ずと興味が湧いてくるのではないだろうか。

そんな新宿駅の歴史に始まり、駅と共に発展してきた東口や歌舞伎町、西口など街の史実をたどるほか、江戸時代にさかのぼりルーツである宿場町「内藤新宿」や、新宿の街に生きた有名無名の人々の様子などを綴った一冊が、2019年5月15日に刊行された「新宿の迷宮を歩く 300年の歴史探検」(平凡社)である。

著者で現在、「新宿歴史博物館」(新宿区四谷三栄町)の館長を務める橋口敏男さんは長崎県生まれ、東京育ち。大学卒業後、新宿区役所に就職し、2016(平成28)年現職に就任するまで、まちづくり計画担当副参事、区政情報課長、区長室長、歌舞伎町タウンマネージメント事務局長なども歴任し、新宿との関わりはすでに40年以上になるという。
橋口さんは「出版社からお声掛けいただいた際、今までさまざまな形で街に関わってきた経験を活かし、集大成として新宿の魅力を伝えられたらと思いました。新宿はどちらかというと歌舞伎町や西口の超高層ビル街といった切り口で語られることが多いですが、今も4万人以上の外国人を含め、35万人近い人々が暮らす街です。新宿には多種多様な姿があり、一冊に収めるのは大変なほど書きたいことが多くありました」と振り返る。

戦後、新宿の文化の一端を担っていた喫茶店を詳らかに紹介したり、大正、昭和から現在まで新宿に住み、働き、遊ぶサラリーマンの暮らしぶりを、住宅や家庭の料理レシピなどを交えて伝えたりするほか、明治初めに新宿の遊郭で育った夏目漱石や、父が新宿に牧場を開いていた芥川龍之介などの文豪、アイドル一号を生んだ劇場「ムーランルージュ新宿座」や映画館「アートシアター新宿文化」などを取り上げ、そこに集う女優、芸術家、文化人にも触れる。

橋口さんは「学生時代や就職した頃の新宿は、私より少し上の世代になりますが、若者文化の熱い発信地で、そうした様子を憧れて見ているようなところもありました。遡ってみれば江戸時代にも、新宿はあまり関係がないと思われがちですが、特に四谷や牛込辺りには下級武士がたくさん住んでいて、そうしたコミュニティから新しい文化がおこってきたという歴史があります。『周辺』にこそ新しいものが生まれるとはいいますが、後の天明狂歌(江戸後期、天命年間にとりわけ流行した、社会を風刺したり皮肉や笑いを交えたりした短歌のジャンル)などはもう新宿がその中心地でした。近代文学のふるさとでもありますが、江戸からの文化を人々がずっと伝え続けてきて今に至るのではと感じます。脈々と続く『文化の街』としての姿も、この本で伝えたかった新宿の魅力の一つです」と話す。

各章ごとに設けた街歩きマップを配したコラムでは、橋口さん自身が撮影した写真を交え、各界隈の街の様子を伝える。「仕事柄あちこち歩き回ることも多くありましたから、新宿の地理には非常に詳しくなりました(笑)百貨店や老舗、歌舞伎町やゴールデン街、さまざまな国の人々が混ざり合う大久保など、新宿は表情が豊かで、誰もが活躍できる街だと思います。おもしろい建物も多く点在しているので、本を片手に実際に街を歩いてもらえたら」と橋口さん。

海外からの観光客も今後ますます増えると見込まれ、「グローバル化」が一つの特徴として挙げられている新宿。実は同博物館内で、新宿の歴史を伝える常設展示室に入るとすぐ、縄文時代の人骨から復元したという復顔像を見ることができる。
橋口さんは「新宿の遺跡から出土したものなのですが、約5000年前のその人骨のDNAを調べるとはるか北方、シベリア経由でユーラシア大陸から渡ってきたということがわかったんですね。太古の昔、新宿に生きた縄文人に思いを馳せると、もともとグローバルであったといいますか、広大さを感じます。当博物館にもぜひ足を運んでいただき、そんな新宿の歴史に触れてもらえたら」と呼び掛ける。

「新宿の迷宮を歩く 300年の歴史探検」新書296ページ 920円(税別)

「新宿の迷宮を歩く 300年の歴史探検」 (平凡社) 新書296ページ 920円(税別)

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