新宿から世界の頂点を目指す
スポーツを通じ、豊かな街の未来創造も
サッカークラブ「Criacao Shinjuku」の挑戦

2020.08.27

2020年2月、新宿区をホームタウンとするサッカークラブ「Criacao Shinjuku(クリアソン新宿)」が新たなメンバーを迎え、新体制となって始動した。株式会社Criacaoが運営する同クラブは、切磋琢磨しながら競技でトップを目指すだけでなく、サッカーを通じた新宿区の地域活性、豊かさを感じられる社会の実現に向けた事業を幅広く展開する。自身も選手でありキャプテンとしてチームを束ねながら、広報も担当する井筒陸也さんにお話を伺った。

井筒陸也さん井筒陸也さん

「Criacao Shinjuku」はどのようなサッカークラブですか?

「サッカーを通じて世の中に感動を創造し続ける存在でありたい」というミッションを掲げ、競技するだけにとどまらず、サッカーやスポーツが世の中に感動や豊かさを提供できると信じて邁進しています。

チームとしては昨年度所属していた「関東サッカーリーグ2部」で優勝し昇格、今季から「関東1部リーグ」で戦っています。これはJリーグで換算すると「J5」にあたり、2年連続して勝つと、いわゆるJリーグと呼ばれる「J3」に参入する、そのような位置につけています。長期的な目標で言えば2025年に世界一のフットボールクラブになることを目指しています。

元浦和レッズの岩舘直選手をはじめ、今シーズン4名の新入団選手を迎えたと伺いました。

僕ももともとJリーグに加盟する徳島のプロサッカーチームでプレーしていましたが、岩舘選手のほか、SC相模原から加入するなどプロ出身の選手も増えている中で、大学のサークル出身のメンバーが5人、大学生も3人います。元プロの選手とサークル出身のメンバーが一つのチームで一緒に活動しているのはめずらしく、チームの特徴でもあります。

またほとんどの選手がそれぞれの所属先の企業にフルタイムで勤める社員であることも大きな特徴です。仕事が終わってから練習場に来て練習し、翌朝は出勤するという形で、双方を両立させながらがんばっています。

サッカーチームが誕生したきっかけは何だったのでしょうか?

もともと、立教大学にある「立教サッカー愛好会」というサークルでキャプテンとして、サークル日本一にもなった丸山和大(同クラブ代表)が中心となって2005年に立ち上げたチームがその始まりです。サークルは就職活動のため3年で引退する人が多く、続けてサッカーをしたかった丸山はその場を作るため、愛好会出身者を中心に、人間的に尊敬できて、サッカーの実力もあるメンバーを集めサッカーチームを作ったんです。社会人リーグに登録し「東京都4部」からスタートしました。このチームが現在のクリアソン新宿の前身となっています。当時の丸山がサッカーを通じて世の中に感動を創造し続ける存在になりたい、という情熱がクリアソン新宿を作ったということです。

その後、本格的にチームを強くしていくために、そしてスポーツを通して社会を豊かにしていきたいという強い思いが生まれ、丸山は、事業としての行動は何も決まっていない状態でしたが、法人の運営会社としての株式会社Criacaoを立ち上げました。

丸山和大さん丸山和大さん。Criacaoはポルトガル語で「創造」を意味する

ホームタウンとして「新宿区」を選ばれたのはなぜですか?

新宿をホームタウンとするサッカーチームがなかったということがまず一つ。新宿にはいろいろと特徴ある場所がありますが、一方でエリアごとに分断されている印象もあり、サッカーを通じてそうした場所、そこにいらっしゃるいろいろな人がつながれるような、そのハブになるようなことにもつながったらいいな、そんなクラブが作れたらいいなと考えました。これが新宿をホームタウンに選んだ理由です。ですから、新宿に貢献したい気持ちが前提にあります。選手は働く会社も、背景もそれぞれに違い、チームのメンバーの中にも新宿らしい多様性が含まれています。この新宿で、個々に独立している人間たちがスポーツを軸に集まっている、一つの目標に向かっているアスリートたちがいる、ということを新宿のいろいろな方に見にきていただきたいと思います。いろいろな意見を知り、この街や自分たちにも重ねあわせていきながら、クリアソン新宿も街全体を盛り上げていく一つの力になれたらと思っています。

出自、ジェンダー、職業、さまざまな人がスポーツを通じて一つになるという挑戦が新宿でできれば、社会全体に対しても大きな一歩のモデルを示せるのではないかという挑戦でもあります。

それから実は東京23区内には、まだJリーグのカテゴリーに入れているサッカークラブがありません。同じ「関東1部」には我々を含め現在、文京区と江戸川区をホームタウンとするチームがあります。我々は彼らをライバルに刺激しあいながら、23区初のJリーグチームを新宿から出す、と意気込んでいます。

監督を務める成山一郎さん監督を務める成山一郎さん

拠点について、株式会社Criacao パートナー 仙石大記さんにも伺った。

新宿を拠点に活動している理由は、もう一つ、今年50周年を迎えた新宿区サッカー協会の神田隆弘会長との出会いも大きかったです。地域に貢献したいという目的のためにも、最終的にJリーグへの参入を考えると、「ホームタウン」がルール上必要になります。丸山が、さまざまな人と出会い、思いを伝える中で多くの方の共感を得、応援していただいてきましたが、我々が目指している姿と新宿区が掲げている理念はとても親和性が高く、日々活動している拠点が新宿区ということもあって、2018年に正式にクラブ名に「新宿」を付けさせていただき、そこが起点となって今のさまざまな活動が始まりました。
またその結果、2019年6月より正式に新宿区サッカー協会の代表チームとなり、活動をしています。今後も新宿区との連携、地域への貢献を進めていきます。

株式会社Criacaoが株式会社として活動する中で、サッカークラブ運営のほかに手掛けられている事業には、どのようなものがありますか?

例えば区内にある都立新宿高校の練習に選手が参加し、合わせて「勉強とサッカーの両立」などをテーマにした講習を行っています。この新型コロナウィルスの影響で自主的な室内トレーニングを余儀なくされた新宿区の中学・高校の運動部などには、室内トレーニング映像などの提供も行ってきました。我々チームも活動が自粛となった中、オンラインで選手30人がつながり、監督が組んだ室内トレーニングメニューを画面共有しながら、同じ時間に一緒に練習するなどチャレンジしていました。何をしたらいいのか悩んだり迷ったりしている選手だけでなく、各域内の学校の先生方にもそうしたチームの取り組みを共有し、具体的なトレーニング方法などを活用していただけたらと思いました。

トレーニングの様子を実際に大学の運動部の方が見学に来て、「こういう風に声をかければ全員が在宅で、物理的にバラバラな場所にいても一緒にトレーニングができる」とおっしゃっていただきました。書類やテキストの文面では伝わりづらいことも、映像では効果的にお伝えし実践してもらうきっかけにつながったと、オンラインの活用にもこの期間の取り組みで手応えを感じました。

ほかに、主に体育学生を対象にしたキャリア支援、人材育成、オンラインOB訪問会、「クリアソンアスリートカレッジ」と題した、元プロアスリートとビジネスパーソンが交わる場づくり、元オリンピック選手、元プロ選手を保育園に派遣し、小さい頃からトップ選手による指導によって、スポーツと触れ合う機会を創出する幼児教育事業、地域でのサッカーを教材としたイベント・事業なども展開しています。

選手が各プロジェクトに参加、または学業をしながら、クラブチームとしても上を目指す、両立は大変ではありませんか?

キャリア事業、アスリートによる社内研修などを通じて収益を上げ、クラブとして地に足のついた「経営的自立」を目指すことも、みなさんに「両立すること」を語る上で必要不可欠だと思っています。
日本ブラインドサッカー協会と協力して取り組んでいる「ブラインドサッカー研修」では、目が見えない中でどのようにコミュニケーションをとるか、サッカーを通したこの試みから、コミュニケーションのエッセンスを取り出すことができるとわかり、これを一般社会に使っていただきたいと考え、企業に向けて情報発信したり体験会を行ったりしています。
株式会社Criacaoに所属する選手は多くの事業に直接関わっていますが、これまでの経験から組織の中での個人の活かし方、メンタルコントロール、スポーツ選手の思考など、皆さんの社会、日常の中での気づきにつながるようなお話をさせていただいています。そうした事業の中から得た学びを我々も、自分たちのサッカーにまた活かしていく、そういった相乗効果をビジネス、スポーツの両方にと思って進めています。

チーム、そして街に関わられて新たに発見した新宿の魅力などはありますか?今後の豊富もお聞かせください。

個人的に新宿は、好きな映画『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年、ソフィア・コッポラ監督)の舞台として昔から憧れがありました。ネオンがきらめいて、土着でない人たちがたくさんいる大都市というイメージでしたが、自分も街に関わるようになって、歴史ある街の一面も見えてきました。この地域で長い歴史の積み重ねの中で活動している方もとても多く、そうした方々と、新しく入ってきたカルチャーや海外からの観光客などがうまく混ざりあっているというのは非常におもしろいと感じます。今後ダイバーシティーなどと言われる中でますますモデルケースになるような都市なのではないかというのは、街との関わりを持って強く感じたことです。

私がここに来る前にいた徳島では、どこでもボールを蹴ることができて、施設もあり、放っておいても子どもたちがスポーツを始めるような環境がありました。新宿はスポーツ以外の魅力的なコンテンツも多いですし、場所の問題などもあってスポーツ体験の機会が減ってきていたかもしれませんが、街の方々、企業、行政と一緒に取り組む中で「スポーツでなければできないこともある」と共感していただき、少しずつスポーツの力が浸透してきているのではないかと感じます。

常に軸に考えているのは「人」です。すべて人の「内面の可能性」に着目し、スポーツを通して、それをより輝かせる、より豊かなコミュニケーションにつなげる、そのためのお手伝いができればと考えています。選手自身がピッチ(フィールド)の中で、全力でプレーする姿を見せる、仕事やその他の事業と両立している姿を見せるというのもその一つだと考えています。

 関連リンク 
「Criacao Shinjuku」
http://criacao.co.jp/soccerclub/

Editorial department / 本文中の本アイコンは、
歌舞伎町文化新聞編集部の略称アイコンです。

PAGE TOP
GO HOME