芸能が持つ力を新宿に、そして社会に
 「芸能花伝舎」が取り組む「場」づくり
 公益社団法人日本芸能実演家団体協議会
 実演芸術振興部・広報担当 藤原里香さん

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かつて西新宿にあった「新宿区立淀橋第三小学校」。廃校になったこの小学校の各教室を稽古場としてリノベーションし、さまざまな芸能活動をサポートする施設として「芸能花伝舎」が誕生したのは2005年のことだった。
その名前は、同施設を運営する公益社団法人日本芸能実演家団体協議会(芸団協)の会長を務める能楽師・人間国宝の野村萬氏が、芸能の「真の花」を咲かせる場であるようにとの思いを込め、世阿弥の「風姿花伝」から命名したそうだ。

館内に掛けられた野村 萬氏による書

館内に掛けられた野村 萬氏による書

1965(昭和40)年に設立された芸団協は、実演芸術にまつわる69の協会や連盟などから構成されている(20187月現在)。「実演芸術」とは「生身の人間」が演じたり歌ったり演奏したり踊ったりする芸術表現の総称だという。芸団協の加盟団体は能楽、文楽、伝統音楽、日本舞踊といった伝統芸能から、オペラ、バレエ、現代演劇、落語、ベリーダンスやフラメンコなどの舞踊、映画などのメディア芸術、また演出家や照明家等の舞台技術スタッフまで、ジャンルは多岐にわたる。さらに各協会の傘下には、例えば「日本劇団協議会」であれば「劇団文学座」「劇団青年座」といったように、多くの団体や個人が集結していて、各ジャンルの普及・発展に努めている。

芸団協がどのような経緯で「芸能花伝舎」を設立したのか。そのきっかけと、現在まで10年以上にわたる芸能花伝舎の軌跡を藤原里香さんに伺った。

芸能実演家の生の声から

「芸能花伝舎」は小学校の教室や体育館を生かして、稽古場や会議、撮影などに使える11のスペースを提供されています。施設を立ち上げられたきっかけはどのようなことだったのでしょうか。

藤原里香さん

藤原里香さん

「芸能花伝舎(以下、花伝舎)」は、芸団協の創立40周年を機に、さまざまな課題と理念を実現すべく設置されました。

実は、芸団協は1974年から5年ごとに会員団体とその傘下の実演家やスタッフ等を対象に、生活実態や稽古場など活動状況を定点観測し、調査研究してきた経緯があります。

調査の中で浮かび上がったのが、実演芸術のための「稽古場不足」の声でした。そこで目をつけたが2000年代に増えてきた小学校の廃校問題で、建物を有効活用できないかと考えたのです。

新宿という街を選ばれたのはどんな理由からだったのでしょうか。

芸団協の事務所は1997年から新宿区内にあるのですが、廃校の状況は都内の広範囲に渡って調べました。実演芸術の稽古は1ヶ月などの長期にわたりますが、多くの公共施設では単発の利用申込しか受け付けないため、日ごとに稽古場をわたり歩くような状況があります。そこで、長期利用を可能にし、さらに舞台セットの建て込みをしたままにできるスペースを確保するなど、安心して稽古ができる整備設計を念頭に置きました。

この旧淀橋第三小学校は、JR、地下鉄の駅からも近い上、すぐ横には青梅街道が走り、電車はもちろん荷物を積んだ大型トラックなど車の出入りもしやすいと、立地条件が揃っていました。都内の小学校には珍しく校庭も広かったのです。

屋上から見渡すかつての校庭だった場所

屋上から見渡すかつての校庭だった場所

もう一つ大きな決め手となったのは、交渉のうえ、新宿区が「10年」という長期契約を決断してくださったことです。ほかの廃校利用の多くは最長5年といった短期間契約でした。
改修工事など投資費用の回収だけでなく、実演芸術をより楽しんでもらう場と、それを創造するためのクリエイションの場という、芸団協が目指す実演芸術の振興にむけた活動を考えると、中長期の計画性が持てることは決定的なものとなりました。

新宿区は文化振興に関して特に力を入れていたのでしょうか。

歌舞伎町もなかなか足を踏み入れにくいイメージがありましたが、当時の中山弘子 新宿区長は、ゴチャゴチャとした新宿の魅力、それは文化の集合体なのだと捉え、その一つひとつの文化をフィーチャーしていくことでイメージを向上させていきたいという思いがあったと伺っています。「歌舞伎町ルネッサンス協議会」の設置や「クリエイターズ・フェスタ」といった一大アートイベントも立ち上がりました。「花伝舎」も新宿区と文化協定を締結し、芸団協が区の文化事業に協力する形で動き始めたのです。

きめ細やかな対応に込めたスタッフの思い

さまざまな実演芸術の稽古に対応すべく、耐震や簡易防音などの改修工事が行われ、蘇った廃校。撮影や会議、ワークショップの場としても利用できるように元々の学校の床を貼り直して補強もしている。また、かつての雰囲気を残しているスペースもある。

主にどのような方が利用されているのでしょうか?

多くは、公演を主たる活動とする実演団体です。大劇場と同じくらいの広さが取れ、舞台セットを丸々フロア面に建てることができる「体育館」は最も稼働率が高いスペースです。オペラやミュージカルの稽古のために、1ヶ月など長期で借りる団体が多いです。
仕様の異なる11のスペースがあり、一般の方も利用できるので、仕事帰りに市民サークルなどがご利用くださることもあります。

有り難いことに稼働率が年々良くなってきたことで、逆に希望通りの予約が取りにくくなったという問題も出てきました。2年、3年先の公演のために動いている団体も多いので、できるだけ皆さんに利用していただけるよう、花伝舎のスタッフが注力しています。

ギャラリースペース

ギャラリースペース

数多くある申し込みに対してどのように対応されているのでしょうか。

利用の可否は内容、使用目的などをできるだけ詳しくお伺いしながらお受けしています。その上で、希望の日程が重なった場合でもすぐにお断りするのではなく、「23日、日程をずらしていただければ使えるかもしれない」といった細かい調整を、一つひとつの申し込みに対して検討しながら進めています。皆さんのクリエイションの場を支えるということが花伝舎の第一義なので、そこだけは信念を貫くぞという思いです(笑)

非常に細やかで、アナログなやりとりなのですね。

生身の人間が演ずる「実演芸術」に携わる以上、私たち、そして利用者の方との人間同士のコミュニケーションもとても大事にしているところです。私は2008年から芸団協に勤める前は、もともと利用者として出会いました。当時、私が携わっていた劇団の制作スタッフとして訪れた頃から、花伝舎は利用者側の話をスタッフの皆さんがとてもよく聞いてくださると感じていました。

今や私も芸団協の職員となり、大変な部分もありますが、スタッフ各人が「花伝舎」に携わっているのだという、花伝舎の目的・理念に対してチームとして共有する思いもあります。同時に自分の動き、発言の一つひとつが、利用者にどういう影響があるのだろうかと、常に責任を持って考えながら携わっています。

チラシラック。花伝舎では多彩な公演やイベントの情報も入手できる

チラシラック。花伝舎では多彩な公演やイベントの情報も入手できる

設立時の苦労 地域住民との連携の大切さ

スタッフのこうした姿勢は、2005年からの14年間にわたって運営してきた、過去からの積み重ねが大きいと、藤原さんは振り返る。

最初の3年間ほどは、まだきちんとルール化もできていなかったため、やってみてうまくいかなかったり、大きな音を出してしまってクレームがあったり、失敗もたくさんあったと聞いています。
花伝舎を利用してくださる方だけでなく周囲の地域の皆さんに対しても、ここがどういう施設なのか理解をしてもらう必要があることは、先輩方が身にしみて感じたことだったようです。

そもそも実演芸術の稽古場施設を作るという計画の時点で、かなり反発があったそうなんですね。地域にお住まいの方はほとんどがこの小学校の卒業生なので、このエリアは自分たちの生活空間であり、大切な思い出の場所でもあるわけです。

オープン前、こうした地域住民の方々に「クリエイティブな活動をするためにはこの場所でこの施設が必要なんです」と説明して回ってくださったのは、芸団協の会員団体に属する実演家の方々でした。野村萬会長、当時の常任理事だった俳優の浜田晃さんを中心に、落語家の三遊亭金馬さんも芸団協役員の一人として、説明会などに出向いていき、地域の方々に理解をしていただく努力を重ねてくださいました。

今では、近隣の皆さんや商店街も巻き込んでイベントが開催されていますね。

花伝舎の2階、3階の事務所スペースには、芸団協を含めさまざまな協会の事務所が入っていることもあり、皆さんと協力し、花伝舎をあげて開催しているイベントが、毎年55日に子どもたちに向けて行う「芸術体験ひろば」です。コンサートや人形劇の鑑賞、三味線や日本舞踊などの体験、舞台衣装や舞台音響のワークショップなど、数多くのプログラムを一日にぎゅっと集めた一大イベントです。

「芸術体験ひろば」

近隣の商店会、飲食店を営んでいる方々とも一緒に何かできないか? 説明しただけではなかなか伝わりづらい花伝舎への理解を深めてもらいたいという思いもあり、このイベントを協働のきっかけにできればと、地域の方々にもお願いして回りました。

校庭に模擬店を出してもらうなど、一緒にお祭りづくりに参加していただいたのですが、皆さん「廃校になった学校に子どもたちが戻ってきて、賑やかな雰囲気になることが嬉しい」と喜んでくださり、次第に町会の方々から「こんなことをしたいんだけど」とお話しに、ふらっと事務所に足を運んでくださるようになりました。今では「町会メンバーが一致団結する良い機会」とおっしゃってくださいます。

「芸術体験ひろば」

こうした継続的な交流が持てるのも、新宿区との10年の契約があったおかげです。「来年は」と、未来について話ができる環境にあることは、地域との関係においても大きな要素です。先のことを共に語れないプロジェクトは、多くの方が巻き込まれたいとも思ってくださらないですし、多くの方を巻き込む責任も負えないですからね。

このイベントには、最近では地域内の方々に留まらず、関東近隣から多い時では延べ5000人以上のご来場があります。

新宿区との協業 連携を深めて発展する文化事業

芸団協は新宿区との関係性も深まり、さまざまな文化活動も協働で行われていると伺いました。

夏休みは子ども向けに、秋と春は大人向けに、楽器や狂言の体験など、新宿区「文化体験プログラム」を実施しています。ほかにも、芸団協が企画提案し、体験や鑑賞イベントを花伝舎内外で、年間を通して区の事業として協力しながら多数行っています。

2016年度からは新たに「伝統文化理解教育」として、新宿区内の29小学校で、狂言や落語などの伝統芸能体験の出前授業を始めました。学校に実演家を派遣できないかという相談を区から受け、学校と実演家をつなぐコーディネーターの役目を芸団協が担っています。
東京都が取り組んでいる同様の事業もありますが、東京都全域、全小学校でというのは難しい。その中で新宿区は、区内の子どもたちにもっと芸術体験の機会を充実させたいと独自に始めました。今のところ他の区ではなかなか実現できていない試みかもしれません。

「和を伝えるプログラム」

「和を伝えるプログラム」

こうした事業に協力できるのは、芸団協が実演芸術のあらゆるジャンルの協会組織で構成されていることが大きく影響しています。各ジャンルの普及というのが各協会の第一目的であり、例えば落語の協会は「落語そのものを皆さんに知ってもらいたい、楽しんでもらいたい、そのために落語家が集結し、協力しあう」というのが根本にあります。そうした協会組織を傘下に持つ芸団協だからこそ、特定の団体や個人の利益目的ではない事業に、皆さんからの理解と協力を得やすいというのがありますね。

ほかにも、訪日・在日外国人を対象にした伝統芸能の体験イベントなども企画しています。今後、旅行会社や観光関係団体とタッグを組むなど、異分野、多ジャンルとも協力していければ、これから迎える東京オリンピック・パラリンピックの文化プログラムの展開、そして2020年以降も、実演芸術という文化を全国でますます広げる大きな柱になるのではないかと思っています。

10年以上この場所で続けてこられて、周辺の変化などはありますか?

この数年で高層マンションが多く建ち、若い家族連れの方や外国人の方など、新しくこの地域に住まう人たちも増えています。もう一度、この地域がどういう地域なのか捉え直し、どのようなコミュニケーションが取れるのか、地域のコミュニティーづくりの場として何か貢献できないか、考えなければいけないと感じています。
花伝舎や芸団協について、活動内容などを知ってもらう機会をいかに作り出していくかを考え、活発に情報提供し、拡散していければとも思います。
そのためのリサーチは、花伝舎でのイベント企画だけでなく、新宿区など自治体へもフィードバックして、活かしていけるのではないかと思いますね。

芸団協が発行している無料広報誌「季刊花伝舎」

芸団協が発行している無料広報誌「季刊花伝舎」

2015年に第1期契約が満期になりましたが、さらに10年間の第2期契約が実現しました。10年間に新宿区内で行ってきた創造活動、区が実施する文化事業への企画提案や協力といった実績が、吉住 新宿区長や担当者の方々にも引き継がれ、ご理解いただいたものと思っています。これからも関係を継続して、区の新規事業にも協力していきたいですね。

次の契約満期は2025年ですが、すでに建物は築40年を超えていますので、ハード面の耐久性などは課題です。仮にハード(建物)が存続できなくなったとしても、これまでに新宿区や地域の皆さんと築いてきた関係を何か残していけるか。または、何か新たな形として提供できるのか。直近の課題として考えなければいけません。
ノウハウの蓄積はありますので、この地域での実績を他の地域でも試せたら…という野望もなくはないのですが(笑)

未来に向けて

次の10年、そしてその先の未来に向けての思いをお聞かせください。

花伝舎内では、トイレや廊下、共用のスペースで顔を合わせた人たちが「今度一緒に何かやりませんか」と声を掛け合い、それが次の日すぐに企画書として上がってくるということもあります。利用者同士、事務所同士、人が行き来しやすく、コミュニケーションが取れる場所になっています。そうした人と人をつなぐハブの役割を、花伝舎が担っていければいいなと思います。

事務所スペース。かつての学校の廊下の雰囲気が残る

事務所スペース。かつての学校の廊下の雰囲気が残る

花伝舎のオープン当初から芸団協がずっと考えているのは「場づくり」です。稽古場は「クリエイションの場」として、事務所は人材交流など「協働の場」として、そして「鑑賞・体験の場」も提供していきたいですね。

自分が芸術団体側にいた頃を振り返ると、直接関わっているジャンルにばかり目が向いていて、ジャンルの枠を越えられなかったと感じます。10年ほど芸団協で働くなかで、日本にはこんなにも多様で多彩な実演芸術であふれていることを知りました。ジャンルごとに全く創作のプロセスが違うことも知りましたし、いろいろな団体や個人の考え方に触れる機会をいただいて、ひとつの役割として、もっと人と人を繋いでいきたいなという思いが芽生えました。

そのためにも、ハードとしての拠点は重要です。「新宿に行けば『花伝舎』という場があって、何か情報なり、人なり、繋がるきっかけがある」、そんなふうに拠り所になるような場になればと思います。また、リアルにいろいろな思いをぶつけあったり、相談しあったり、形にするきっかけの現場。花伝舎の「出会いと交流と創造」の機能の精度と幅は、さらに進化していくに違いないと信じています。

 関連リンク 
「芸能花伝舎」 https://www.geidankyo.or.jp/12kaden/