歌舞伎町には、街の憩いの場、スポーツで体を動かすことができる空間としてだけでなく、芸能やフードなどさまざまなイベントの会場としても活用されている区立「大久保公園」がある。バスケットボールコートやフットサルコートとして使えるスポーツエリアと、一般利用エリア合わせて約3,300㎡の面積があり、イベント時にはその全面が使われにぎわいを見せる。
同公園が「シアターパーク」の名を冠した現在の姿になったのは、2010年に行われたリニューアル整備がきっかけであった。「大久保公園」で毎年話題のイベントを手掛けつつ、イベント広場かつ防災公園としてのインフラ整備にも携わった「TSP太陽株式会社」(目黒区)取締役執行役員の田畑泰弘さんと、プロデュース事業部課長の寺野祥二さんにお話を伺った。
新宿でイベントを行うようになったのはどんなきっかけでしたか?
当社はイベントの企画から設計施工、運営までトータルプロデュースを行っており、東京都をはじめ省庁、民間企業などからの委託で手掛けるイベントのジャンルは多岐に渡ります。新宿との関わりは2009年5月、歌舞伎町のシネシティ広場で開催した「スター・トレック ジャパン・ギャラクシー・プレミア」から始まりました。
歌舞伎町で行われた初めてのプレミアイベントでもあり、我々はスター・トレックの飛行船を製作し、プロジェクションマッピングで映像を投影するという企画を実施しました。プロジェクションマッピングは最近ではよく見られるようになりましたが、当時はまだまだ先駆けのような部分もあり、真っ白な船体に映像を投影した巨大な飛行船が動き、同時にゲストの方が登場する様子は非常に話題になりました。このイベントをきっかけに、主催をされた歌舞伎町タウン・マネージメント(以下、歌舞伎町TMO。歌舞伎町のイメージアップを軸に来街のきっかけづくりなどを行うほか、現在、シネシティ広場と大久保公園の管理を行う)や新宿区とのご縁が生まれました。
大久保公園で初めて手掛けられたイベントは2009年の「歌舞伎町シアターパーク・歌舞伎町フェスタ」と伺いましたが。
実は2007年から大久保公園で、テント劇場やキャンプシアターといった吉本興業さんなどが出演する演劇イベントが行われているというのは聞いていました。2009年は歌舞伎町TMOからお声がけいただき、新たに「シアターパーク」という名前で我々が工事を始めました。テント内に設営した劇場は客席が400席と本格的なもので、6月から約2ヶ月半に渡り音楽劇、狂言、大衆演劇、漫才、そして吉本興業のイベントとさまざまな芸能を集結させたフェスティバルを展開しました。
大久保公園のリニューアルにも直接関わられています。計画の意図と、具体的な改装についてお聞かせください。
シネシティ広場に面した「新宿コマ劇場」が2008年に閉館するなど、当時の歌舞伎町は来街者が減り、治安の面からもよりクリーンなまちづくりや地域活性化が求められている時期にありました。その中で「歌舞伎町を誰もが安心して楽しめる街に再生する」取り組みとして進められていた「歌舞伎町ルネッサンス」の一環として、「大久保公園」も新宿の文化創造・発信の新たな拠点として活用し、テント公演などさまざまなイベントにも活用できるようリニューアルする計画がたてられました。
イベントを公園で行うことは多いのですが、電源はあっても、主たる催事場の設置現場から遠く、外部から発電機をもってきて置かなければならないといった問題がよくありました。「シアターパーク」として展開するならば、その後の用途をある程度想定したレイアウトでのインフラ配置が必要と感じ、イベント事業者としての視点から提案を行いました。イベント専用の高圧電源施設、仮設トイレ用の水道設備のほか、防災用倉庫や地下に貯水槽などを埋設し、災害時に避難する防災公園としての役割も同時に担えるようになりました。
リニューアル後に展開された「新宿オクトーバーフェスト」や「激辛グルメ祭り」などは、「大久保公園」で行われる話題のフードイベントとなりました。
イベント用に整ったインフラも作られましたので非常に進めやすい現場になりました。2009年、2010年とシアター企画を実施し、迎えた2011年は東日本大震災のため多くのイベントが中止になってしまいました。そこで復興イベントなども手掛けていた我々でも何かできないか、と自主企画イベントである「大好き東北プロジェクト 歌舞伎町アートマーケット」を行いました。イベントは実施する場所がなければできませんが、特に「大久保公園」はリニューアルから一緒に携わり、自主イベント開催の際には歌舞伎町TMOなど地元にご賛同いただくなど、街との関係性も深まっていきました。その積み重ねの中で、運営受託業者ではなく、完全に自分たちが事業主体となるイベント企画として初めて立ち上げたのが、2012年から4年間行った「新宿オクトーバーフェスト」でした。
ドイツのビール祭りから着想した「新宿オクトーバーフェスト」はその時代のトレンドでもありましたし、「大久保公園」で行う興業としてもちょうど良い規模のイベントでした。これを機に、自主興業を手がける主体事業者としてのステップを進めたと同時に、イベントで作った施設を解体せず、居抜きにして次の事業者へ貸し出す、という常用の仮設イベントの形態を考えたのです。
イベント施設のリーシングとは斬新な発想です。
このような形態のイベントは、おそらくイベント業界でも初めてだったと思います。イベントの設営にはコストがかさみ、その収支を見込んで設計するとイベント事業者も簡単には集まりにくいですが、この形態で低価格で次のクライアントに貸すことが可能になり多様なイベント展開が可能になりました。当社が手掛けた「新宿オクトーバーフェスト」を見てきたので、我々のチームも事業者としてイベントを運営する立ち位置なども学ぶことができました。
「激辛グルメ祭り」は、お付き合いのあったテレビ朝日さんとともに新しいイベントコンテンツを考える中で、「新宿オクトーバーフェスト」というベースがあり、かつ居抜きのイベント施設を利用するという新しいビジネススキームがあったからこそ、立ち上げることのできた企画でした。
企画内容としては、一過性のものではなくて5年10年と続けられるよう、ただ辛いだけのお店ではなく、辛くても、美味しい料理を提供できるグルメイベントにしたいと考えました。出店交渉は僕らも初めての経験でしたが、大手グルメサイトで一定の点数を獲得しているお店に実際に食べに行き、納得の上で出店募集要項を渡すなど、みんなで手分けし、地道に作り上げていきました。
2013年に11日間で始まった「激辛グルメ祭り」は今では開催期間1ヶ月以上、大久保公園に15万人以上を動員する人気のイベントになりましたね。
平日は会社帰りの方々が中心ですが、週末は思った以上に家族連れが多く足を運んでくださいます。歌舞伎町の街に関わる方々からも、「もともとこんなに子どもや女性がこの公園に来ることはなかった。人の流れがかなり変わった」と言ってくださいますが、イベントを通して子どもを連れて来ても安心という環境が生まれ、さまざまな方に街にきてもらえるきっかけになったというのはうれしく思います。
この場所はどこかザワザワしたような独特な雰囲気があるんですよね。条例で公園は21時までしか使えないのが残念ですが、この現場の特性としてはもう少し夜遅くまでできたら、より賑わうのではと感じています。
我々が事業者として手掛けるグルメイベントは「新宿オクトーバーフェスト」が礎となり、「激辛グルメ祭り」でその経験がより深まりました。
効率的な店舗内のレイアウトも出店者と一緒に試行錯誤しながらの設営でしたし、1年目は特に週末など、想定の倍以上の来場者があってオペレーションが追いつかなかったり、入場規制をしたりと運営は大変でしたが、全体の売り上げ目標も越えることができました。
「新宿オクトーバーフェスト」は大阪、広島、金沢といった地方へ展開するという新たなスキームもできあがりましたし、「大久保公園」で開催したイベントのベースがなければ、ほかのエリアへのこのようなビジネス展開もなかったと思います。ノウハウが脈々と活きてきています。
イベントにも使いやすい「大久保公園」、その魅力はどんなところですか?
イベント用のインフラが整っていることはもちろん、アクセスもいいですし、会場利用料が安いことも大きいです。一万人集客があっても、すし詰め感もなく満席になりスペース的にもちょうど良いと感じます。2019年5月に、初めてシネシティ広場で「激辛グルメ祭り」を行いましたが、通行客が多いので集客は非常に良いですが、「大久保公園」に比べると会場が狭く、5店舗くらいしか出店できないので事業としては厳しいものがありました。
「シネシティ広場」は、民間の広告も出せるようになったので今年は企業さんとタイアップしたレモンサワーのイベントも行う予定でした(コロナの為中止に)。シネシティ広場は、通行客も多く認知されやすいため、そうしたプロモーションイベントに活用するなどのポテンシャルは大きいのではと感じます。街のイメージもクリーンに変わってきたので、僕たちも世の中に発信できるようなイベントを一緒に考えていきたいと思っています。
今後新宿の街との関わりで取り組んでいきたいことはありますか?
「激辛グルメ祭り」もそうでしたが、常に何か新しいことを探しながら、一からプロジェクトを立ち上げることに楽しさを感じているので、今後もチャレンジしていきたいと思います。当社に入ってくる若い人たちにも「楽しい仕事で飯を食ってもらいたい」と思っています。「食」は人間が生きる上での根本にあるので、グルメイベントの事業者としても、さまざまな経験を重ねながら成長してもらいたいと思っています。
「大久保公園」含め歌舞伎町界隈には今までとてもお世話になっていて、仕事を通して沢山の学びの機会を頂いたので、恩返しというと大げさですが何か還元できたらと思っています。東洋一、世界一の街を作りたいという思いを持つ街の発展のために、当社としても寄与していけたらと思います。
以前、地元振興組合の方に「イベントのおかげで街に人が戻ってきた。新たな創出も期待できるが、周辺の飲食店には恩恵がないかもしれない」という話をいただいたこともあり、地元と一緒に街を盛り上げることへの課題も感じています。街に行けばいつも何か楽しいイベントがあるというイメージをつけたいとは思っていましたが、イベント事業だけでなくそれが街全体の活性化につながるような、遊びに来た人が街を回遊できるような仕掛けができたらと考えています。