活字鋳造を続けて106年
「活版印刷」 技術を産業として未来へつなぐ
「佐々木活字店」 4代目佐々木勝之さん

2020.07.03

活版印刷メモ帳「夢十夜」。表紙は青と白の2色。(各色限定数)

活版印刷メモ帳「夢十夜」。表紙は青と白の2色。(各色限定数)

以前紹介した「漱石山房記念館」(新宿区早稲田)のミュージアムショップの一角で目にしたメモ帳。表紙には大小入り混じった美しい明朝体で、漱石の「夢十夜」から引用した文章があしらわれている。「特別なグッズを作れたらと、近くにある『佐々木活字店』に相談し、活字を一文字ずつ組んで活版印刷で刷っていただきました。触ってもほとんど凹凸がわからないほど滑らかな、職人の技が光る手の込んだメモ帳です」とスタッフ。

実は印刷・製本関連産業は新宿区の地場産業の一つである。今なお区内に多くの事業所が立ち並んでいるのは、明治前半に「秀英舎」(現・大日本印刷)が市ヶ谷加賀町に工場を建てたのがきっかけだと言われている。
昭和50年代頃まで主流であった「活版印刷」は、鉛を鋳造した凸型の「活字」を原稿に合わせて一文字ずつ組んで版を作り、インクを載せ、圧力をかけて紙に転写することで印刷する方法である。

オフセットやオンデマンド印刷といった新たな技術、近年の目覚ましいデジタル化の進歩で衰退の一途を辿りつつある活版印刷だが、その技術は昨今デザインを専門とする人々や活版を知らない若い世代から注目を集め、新たに工房なども生まれてきている。
全く異なる業界に長く身を置きながら「活字屋」という家業を継ごうと決心し、活版印刷業界を盛り上げようと奮闘する「佐々木活字店」4代目、佐々木勝之さんにお話を伺った。

創業して103年になると伺いました。最近は活版印刷に注目も集まっているようですがいかがですか?

私の曾祖父は、大日本印刷の前身となる会社の鋳造部で働いていた活字鋳造の職人で、1917(大正6)年に独立してこの会社を立ち上げ、活字を鋳造して印刷所に卸すという製造販売を始めました。時代とともに鋳造だけでなく文選(活字を拾うこと)や植字(版を組むこと)、印刷まで活版印刷の全工程を手掛けるようになり、現在に至ります。

その魅力が見直され、活版印刷と聞くとおしゃれな感じに聞こえるかもしれませんが、裾野が広がっているかといえばまだ全然広がりきれていません。
活版印刷といっても、活字を組まずに亜鉛版や樹脂版のような一枚の凸版を使って印刷しているものもあります。活字を使った活版印刷にはクワタやインテル(それぞれ文字間、行間を埋めるために使う板)など、鋳造した活字のほかにも細かい道具がいろいろと必要です。それらを全部揃えるのも、道具を駆使して版を組むための技術を覚えるのも大変で、手間もコストもかかります。活字を製造販売しているところというと、全国探しても多分もう2、3社しかないと思います。

メモ帳の表紙の版。佐々木さんが提案した数種類のパターンから、大小の違う文字サイズで特殊な組み合わせ方をしたアイディアが採用された

メモ帳の表紙の版。佐々木さんが提案した数種類のパターンから、
大小の違う文字サイズで特殊な組み合わせ方をしたアイディアが採用された

そうした時勢にあって、あえて家業を継がれたきっかけは何でしたか?

次々と新しい印刷技術に変わる中で、ここまで苦労しながらも母体を変えずに続けてきて、活版印刷そのものも再注目されてきたにも関わらず、高齢化や同業者の廃業でこのまま技術や産業が途絶えてしまうのはもったいないと思ったことが一番です。ゼロからのスタートでしたがとにかく残したいという思いが強くありました。今中心になっているのはハガキや名刺などの印刷ですが、印刷技術ですから最終的には印刷工程を丸ごと全部残さないといけないと思っています。先細りしていく活版印刷の未来を狭くならないようにしながら、徐々に広げていければと思っています。

活字を鋳造する佐々木さん

活字を鋳造する佐々木さん

実際に継がれてみていかがでしたか? 活版印刷を今手掛ける中で難しいことはどんなところでしょうか。

職人稼業であるこの世界はなかなか手厳しい方が多いのですが、うちは皆さん優しく丁寧に教えてくれて、鋳造機なども一人で自由に触らせてもらいました。職人が急に亡くなって教わることができたのは12年でしたから、古い機械の整備やトラブル時の調整、修理は今でも苦労が多いです。機械は覚えれば動かせるけれど、難しいのはそれをいかに継続していけるかです。機械いじりは好きなので楽しいですけれど。

何より大変なのは、「あれもこれも無い」ということです。新しく作れないものばかりなので今あるものを活用するほかありません。活字は700万字近く所有していますが本当はこれでも全然足りません。日本語は平仮名にカナ、漢字のほかに略字などもあって、それぞれの書体・サイズを全部揃えようとすると建物1棟近くになってしまうほどです。昔は横のつながりで大手の活字屋から所有していない文字を買うこともできましたが、活字屋自体が少なくなってきている上、母型(活字を鋳造するための型)を作っているところもありません。無い文字もあり、活字を使って活版印刷できるかというと実はものすごく制限が多いんです。

昭和30年代の鋳造機。次々鋳造された活字が流れてくる

昭和30年代の鋳造機。次々鋳造された活字が流れてくる

活字以外の道具も、もう作れる技術を持った職人がいないのではないかと思います。
鉛の活字を並べた版は固い素材のものばかりだと印刷しているうちに活字が浮いてきてしまうのですが、間に挟むインテルは木製で柔らかいので、ふっと機械に食いつくんです。季節によってインテルが伸縮して幅が変わってしまってはダメで、そうしたモノ作りにもやはり技術が必要ですし、新たにプラスチックや鉄製のものでできるかというと一概にそれでいいわけでもありません。印刷周りの道具は木材製品が多いので印刷材料専門の木材屋さんがあったり、うちが「活字屋」であるように、活字の鋳型部分専門の鉄鋼屋である「鋳型屋」があったり母型屋があったりと、昔は全部専門ごとの分業でした。

活字を鋳造するための「母型」

活字を鋳造するための「母型」

この辺り(早稲田界隈)にもそうした職人の店が立ち並んでいましたか?

ありました!少し奥に入ったところに大日本印刷があって、昔はその近くに製本屋や加工屋がたくさんありましたし、印刷関係の工場も多かったです。フォークリフトやでかいトラックが行き交っていて、子供の頃、親によく「気をつけなさい」と言われました。道を歩いているとインクと紙の匂いがするんです。まさに地場産業ですね。

うちにも職人さんがたくさんいて、作業場と自宅が同じフロアにあったのでずっとカシャカシャ活字を作る音が聞こえていました。仕事場には絶対に入らせてくれなかったし、ちょっと怖かった記憶もありますが、「ピッカー」という文選の自動機械があって、活字が流れてくるのを見ているのが楽しくて。マガジン(ケース)に入っている活字がなくなると「カチャン」って上がるんですけど、それを入れ替える作業が好きでよく手伝っていたのを思い出します。

活字が並ぶ「ウマ」と呼ばれる棚。「今、文選できる方はもう皆さん高齢の方でしょう。どれだけのスピードで拾えるか、文選は経験値であり技術です」と佐々木さん。

活字が並ぶ「ウマ」と呼ばれる棚。
「今、文選できる方はもう皆さん高齢の方でしょう。どれだけのスピードで拾えるか、文選は経験値であり技術です」と佐々木さん。

佐々木さんが感じる「活字」の一番の魅力はどんなところですか?

パソコンに入っているフォントのデータで印刷するのと、活字で印刷するのとでは同じ明朝体でも全然違うんです。活字の文字の方が、線がきめ細やかというかシャープで、不思議と小さな文字でもしっかり目に入ってくる。例えば活版で刷っていた昔の新聞は今より文字が小さいですけど、私は昔の方が読みやすいと思います。見やすくて本当に書体がきれい、そこが活版の一番の良さだと思っています。コンピューターで再現できてもいいようなものですけどできないんですよね。インクを載せて直接紙に印圧をかけて印刷するところにやはり違いが現れるのだと思います。

雑誌や新聞などの場合は、活字が消耗するだけでなく文字を戻すのも手間がかかるため、使い終わった版の活字は溶かして地金にして返却してもらうという

雑誌や新聞などの場合は、活字が消耗するだけでなく文字を戻すのも手間がかかるため、
使い終わった版の活字は溶かして地金にして返却してもらうという

よく印圧を強くかけて凸凹していることが活版印刷の一つの魅力と捉えられることがありますが、職人にとって本当の腕の見せ所はむしろどれだけ凸凹させないかです。
文字の細さ、太さによって印圧の掛かり方は全部違うので、インク量、印圧を一手間も二手間もかけて微妙に調整し全体を同じように印刷する。上質の薄い紙に印刷しても「あれ、これ本当に活版?」と仕上げるのが活版印刷の難しいところでもあり、職人としては一番素晴らしい技術なのです。

「活版印刷」の未来へ向けて、今の思いをお聞かせください。

刷り上がりが凸凹しているのが面白いからやるという人もいるし、活字ならではの書体が素晴らしいと思ってやるという人もいる、活版印刷に興味ある人というのは両者いてとても対照的です。
活版印刷は一度終わった技術です。それが時代を経て再びフューチャーされさまざまな使用方法が出てくると、一方で「保存」しようとする概念が生まれてきます。「昔の技術はこうではなかった」と保存しようとすると、新しくやることが「それは活版印刷でない」と悪になってしまうこともあります。そうした行動によって逆に一層廃れてしまうことは怖いと感じます。新しい解釈で凸凹させるのもそれはそれでいいと思います。でも「凸凹していないから活版印刷じゃない」というのは技術としては本来ある姿とは違います。

これから社会に出てくる特に若い人たちには、活版印刷がどういうものか現場を見てもらえたらと思っています。印刷技術ですからもちろん一番大事なのは印刷の刷り上がりですが、それを作るためにどういう過程を経ているかというのを知った上で活字を使った印刷、そうでない印刷の違いというのも知ってもらいたい。以前見学会やイベントなども行っていたので、また復活できたらと考えています。

私は(代々の)この仕事でここまで大きくしてもらいました(笑)。「活版印刷をどうにか残したい」、それを一番の目標としてこの家業を継いでまもなく10年。今残っているものをうまく活用しつつ、無いものは、うちだけではできない部分は、横のつながりを深めながら、本気で活版印刷をやろうとしている人、活字を活かしていこうとしている人と共に取り組んでなんとかしていけたらと思っています。
活版印刷は「技術」ですから保存するのでなく、産業として残り続けていかなければと思います。長く活版印刷を手がけてきた会社の一人として、鋳造を手がける職人として自分が伝えたいこと、伝えていくべきことを発信していけたらと思います。

 関連リンク 
新宿区地域文化財登録
有限会社佐々木活字店
http://sasaki-katsuji.com

Editorial department / 本文中の本アイコンは、
歌舞伎町文化新聞編集部の略称アイコンです。

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