アートを通して街を感じる
幅広いジャンルのアートが並ぶ
東急歌舞伎町タワーで楽しむ鑑賞体験

2023.04.03

歌舞伎町にまもなく開業する「東急歌舞伎町タワー」は、地下4階から地上47階まで館内のさまざまな場所に作家が手がけたアートを配置するという。東急歌舞伎町タワーとアートの関係はすでに建設時から始まっていて、建物の仮囲い壁面にアーティスト 開発好明さん、写真家 森山大道さんの作品を設置する、全長280メートルにも及ぶ「新宿アートウォールプロジェクト」も展開し、街ゆく人たちの注目を集めてきた。

多種多様な26組の作家の作品に出会えるという「東急歌舞伎町タワー」のアートプロジェクトについて、監修者の一人として関わられた愛知芸術文化センター 愛知県美術館館長の拝戸雅彦さん、東急株式会社 河添麻以さんにお話を伺った。

編集部:
ホテルとエンターテインメント施設からなる超高層複合施設に「アート」を取り入れるというコンセプトは、どのように考え、進められてきたのでしょうか。

河添さん:
建物の用途が決まって、ホテル・映画館、劇場、ライブホールといった多様な用途が集積するという全体の構成が見えてきた頃から、それらをつなぐような何かが欲しいとずっと考えてきました。各用途施設それぞれに特色があり、ターゲットやコンセプトなど多種多様なので、そこにアートが入ることで一つのまとまりができるのではと考えました。また、大衆文化の坩堝であり、多様性に溢れた歌舞伎町にこうした巨大な建物を建てるという葛藤のようなものもあり、この開発計画が歌舞伎町の中でどういった意味を持つかについても議論を重ねていたので、アートの力を借りながら街への思い、街の魅力が発信できると良いとも考えました。

編集部:
拝戸さんは計画やアートプロジェクトについて話を聞かれて、最初にどのような印象を持たれましたか?

拝戸さん:
歌舞伎町という繁華街にそのような巨大なビルを建てるということにまず驚きました。話を聞いて、ビルというより「塔が建つ」という印象を受けたのを覚えています。同時に街にとって非常にシンボリックなものになるだろうし、面白いプロジェクトだと感じました。

私が仕事をしている愛知芸術文化センターは、名古屋で「錦三(=錦三丁目)」と呼ばれる繁華街の近くにあります。私自身は2008年から9年間「あいちトリエンナーレ」という事業に携わってきて、これは愛知芸術文化センターと、錦三丁目をはさんだ向こう側にある長者町などを会場に展開してきました。事業を通じて美術館と街という関係性の中で、繁華街がどういうところかについて体験してきていたことも、お声がけいただいたきっかけの一つだったと思います。キュレーションについては作家の紹介が基本になるだろうと考えていたのですが、私のイメージと東急さんのイメージがぴったり合っていたことも大きかったです。

編集部:
構想当初はどのようなアーティストの作品を考えられていたのでしょうか?

河添さん:
最初に一目惚れしたのが大巻伸嗣さんの「Gravity and Grace」という、「あいちトリエンナーレ2016」で、豊橋地区PLAT会場に展示されていた作品でした。歌舞伎町だからこそできるアートの表現をしていきたい、新宿・歌舞伎町という街が紡いできた歴史・文化・出来事・記憶などを、アートを通して丁寧に伝えたいと考えていましたし、この施設に訪れた方々にわかりやすいものを届けたいという思いもありました。とりわけ現代アートは難しいとか、どこかとっつきにくいと感じられる方もいらっしゃると思ったので、一目見て「すごい」と思えるようなものをバブリックな場所に置きたかったのです。

大巻さんの作品は大きくて存在感があり、非常に透明感があって美しく、誰が見てもわかりやすい、それでいて街の歴史を取り込んでいて、我々の思いをすべて叶えてくれそうだと感じました。大巻さんの作品を起点に「土から空」といったグラデーションを、建物の低層部から高層部に重ね合わせてキュレーションをしていこうと拝戸さんが提案してくださいました。

大巻伸嗣《重力と恩寵》2016 Ohmaki Shinji, Gravity and Grace
700.0 x φ400.0 cm Iron, urethane paint, LED
写真:怡土鉄夫 写真提供:あいちトリエンナーレ実行委員会
Photo: Ito Tetsuo  Courtesy of Aichi Triennale Organizing Committee
大巻伸嗣さん 作品展示風景 撮影:木奥恵三

編集部:
「土から空」というコンセプトは、どのように発想されたのですか?

拝戸さん:
大巻さんは名古屋の駅前でカラフルな土地が隆起するような壁画も作っていて、「土から宇宙」のレベルまでをも作ることができるアーティストというイメージがありました。ですから最初は大巻さん一人で、建物内のアートを全部手がけることができるのではないかとも思いました。
さまざまなアーティストにお願いしようとする中で、建築家の永山祐子さんが考えられた噴水の水しぶきや透明感といったイメージがもともと建物の外装に取り入れられていたので、それを活かしていこうと思った時、低層付近はカラフルで、混交や時間、街や路上、日常などをテーマにし、建物の上にいけばいくほど無時間といいますか、色彩が単純化されて透明になっていくような、空や非日常、リラックスをテーマにすると、建物とうまく調和してまとまるのではと考えました。

沢村澄子さん 作品展示風景 撮影:木奥恵三

編集部:
現代アートギャラリーの「ANOMALY」も監修を担当されています。

拝戸さん:
あいちトリエンナーレではこれまで国内外を合わせて200人を超えるアーティストを見てきました。このプロジェクトで骨格的なアーティストとして選んだ大巻さんはじめ、淺井裕介さん、西野達さんも同事業で一緒に仕事をしてきた経験があります。一方で、「東京」というある種のコンテキストをより生かせるよう、東京で活動しているANOMARYさんにも参加いただきました。篠原有司男さん、Chim↑Pom from SmappaGroupのようなアーティストは新宿のコンテキストの中で入れるべきだとANOMARYさんが考え、肉付けしていってくださいました。

西野達さん 作品展示風景 撮影:木奥恵三

編集部:
プロジェクトに関わられる中で、歌舞伎町はどのような街だと感じられましたか?

拝戸さん:
強烈な色と光、そして24時間人が絶えない、動きがある街という感じを受けました。ここまでの規模は名古屋にもないですし、建物が新宿駅に近いことも特徴だと思いました。建物に溜まる人だけでなく、通りで動いていく人たちも多い場所です。これらをコンセプトに活かしていったほうがいいということはお話ししました。大巻さんの作品は、中に強い光が埋め込まれていたり自ら色を発していたりしますし、西野さんの作品はまさに歌舞伎町の街で集められた家具や街灯で構成されていますので、作品を通じて街のイメージに触れることができると思います。

コンセプトを考える上でもう一つ大きかったことは、新宿区に中心的な美術館がなかったということでした。我々が美術館などで展示を行う際にコンセプトを立てると、それがフレーム化してしまうことがあります。その点、新宿には近いエリアにある意味権威的なものがなく、特に美術に関してはわりと自由な場所だと感じました。だからこそ一つのコンセプトの元、建物内にとても広いレンジでさまざま作家の作品を入れることができたし、意外な組み合わせが実現できたと言えます。

竹中美幸さん 作品展示風景 撮影:木奥恵三

編集部:
作家さんは東急歌舞伎町タワー内に作品が置かれることについてどのように受け止めていらっしゃるのでしょうか?

拝戸さん:
大巻さんや西野さん、淺井さんの作品はスケールが大きいということもありますが、展覧会などで展示し終わると、もう見ることができません。常設の展示の場、しかも人がたくさん集まるような場所に作品を置けるということは彼らにとって願ってもいない機会でしたし、モチベーションは非常に高かったです。

河添さん:
作家さんには全員現地に来ていただいて、かつてこの場所が沼地だったことや、戦後の鈴木喜兵衛によるまちづくりなど歌舞伎町の街の成り立ちについてお話しました。その上でアートとしてどういうコンセプトで、どのような作品をお願いしたいかを一人一人にお伝えしながら進めました。歌舞伎町が持つストーリーやこのプロジェクトが生まれた背景などの説明を、皆さん目を輝かせて聞いてくださったことは非常に印象的でしたし、感謝しています。

拝戸さん:
美術作品というのは作家がアトリエで、自分の心の中から作っていると皆さん思うことが多いかもしれません。でも実際にそのインスピレーションがどこから湧くかというと、外側にあるものからです。新宿には歴史もあって作品作りにつながる養分がたくさんあります。例えば淺井裕介さんは花園神社や熊野神社、そして新宿TOKYU MILANO跡地などで採取した土を使って作品を作っています。話を聞いて作家の皆さんも、最初よりもどんどんアイディアが活性化され、なおかついいものになっていったと思います。

SIDE CORE×しょうぶ学園 作品展示風景 撮影:木奥恵三

編集部:
作品を通じて私たちも街のストーリーに触れ、知ることができるのですね。

拝戸さん:
アートというのは、物事を「整理する」デザインとは違って、基本的には「見えるようにする」ということ。気がついていないものや全く見えないもの、時には見たくないものを見えるようにする。それが美術の力だということを、最初に東急さんとの会話の中でお伝えしました。
新宿の歴史も埋もれていて普段気が付かないけれど、美術の力で見えるようになるし、さらにはそれを掘り起こしたりすることもできると思っています。アートというのは視覚を含むさまざまな「体験」だということは、私自身「あいちトリエンナーレ」を通して得た経験でした。作品に近づいたり触れたりしながら、「これは何だろう」という体験を建物を含むいろいろな場所でしていくことが大切だと感じています。

河添さん:
作品鑑賞から広がって、その体験・そこから得た情報を持って街に繰り出したりしてもらえたらうれしいです。作品を構成する素材や、作家がインスピレーションを受けた要素が街のどこから来たのか、作家の視点とご自身の視点を重ねたり、比べたりしながら、街を楽しんでもらえると、ガイドブックを見てまわるよりも、一層体験に厚みがでてくるのではと思います。

足立喜一朗さん 作品展示風景 撮影:木奥恵三

編集部:
最後に、開業への期待をお聞かせください。

拝戸さん:
企画の時からいろいろなことを想像はしてきましたが、まさか実現するとは思っていなかったことが実現したというような驚きがあるので、たくさんの人に見に来てもらいたいと思っています。音楽が好きな人が美術も見てみようと思ったり、美術が好きな人がほかに関心を持ったりするなど文化の幅が広がる可能性も秘めていて、そうした良い体験ができる場所がこのような人が集いやすい一等地にできたことにワクワク感があります。
美術館にコレクションされていてしかるべきアーティストの作品が幅広く揃っていて、かつ今回並ぶアーティストの作品というのは、常設では間違いなくこの館に来なければ見ることができません。館内を歩いて周れば、美術館に来て日本の現代美術のコレクションを見たような感覚になると思います。それぞれの作品が歌舞伎町、新宿という文化背景を抱え込んでいるという魅力もあるので、鑑賞した後は街に出て見に行くこともできる。国内、そして海外から訪れた人が、泊まったり食事をしたり、エンターテインメントを楽しみつつ、アートにも触れる、そんな豊かな日常体験ができる場所のこれからに期待しています。

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