昭和初期の貴重なスパニッシュ様式邸宅
料理とともに楽しむ当時の粋な趣 「小笠原伯爵邸」

2020.07.22

新宿区河田町。都営大江戸線「若松河田」駅を降りるとその背後に、豊かな緑に囲まれた大きな建物が広がるのが見える。昭和2年からこの地に建つ瀟洒な洋館「旧小笠原邸」である。2002(平成14)年に洋館建築を竣工当時の姿に限りなく近く修復し、スタイリッシュなスペイン料理店としてリノベーション開業し現在に至る。レストラン「小笠原伯爵邸」としては18年目となるが、邸宅は90年以上の歴史を刻んできた。

「この洋館は伯爵の小笠原長幹(ながよし)の邸宅として1927(昭和2)年9月に建てられました」とレストランを運営するインターナショナル青和株式会社・広報の金子友美さん。長幹(明治18年〜昭和10年)は礼法の宗家として有名な小笠原家の第30代当主で、貴族院議員などを務めた人物である。父は最後の小倉藩主で、この地も同藩の下屋敷跡であった。

現在の敷地は1000坪ですが、当時は2万坪と20倍の広さがあったそうです。レストランとして使っている建物は伯爵と奥様が住んでいた洋館で、敷地内にはほかに56女のお子さんが生活していた子どもの館、アトリエやお社などいくつかの建物が点在していたと聞いています。

設計を手掛けたのは曾禰中條建築事務所(慶應義塾大学図書館、旧鹿児島県庁舎本館などを手掛け、戦前の日本で最大規模の建築設計事務所だったと言われる)です。伯爵自身、ケンブリッジ大学へ留学されるなど海外経験を多くお持ちの方でしたが、所長で建築家の曾禰達蔵も、ニコライ堂をはじめ多くの建物を手掛けたイギリスの建築家ジョサイア・コンドルに学んだ人物です。この邸宅も発想が豊かというか、当時の洋館建築を感じながらも斬新なデザインの建物となっています。

建物の全景はパティオ(中庭)を囲むスパニッシュスタイルで、これは当時の流行であったという。

ブドウの蔓や葉、実を一面にデザインした特徴的なキャノピー(外ひさし)が設えられた来客用の主玄関(現レストラン入り口)をくぐり広間を通ると、正餐用の食堂、客間が並び、その先にはひときわ目を惹くイスラム風の内装を施された円弧状の部屋が続いていた。

印象的な玄関先のキャノピー。印象的な玄関先のキャノピー

このイスラム風の部屋は男性のみが語らう喫煙室だった場所です。昭和初期にタバコや葉巻などがイスラム圏を経由して日本に輸入されていたことから、喫煙室をイスラム風に造ることがその頃の習わしだったそうです。
館内に見られる鳩や小花をデザインしたステンドグラスは作家・小川三知(さんち)氏の作品、喫煙室の外壁タイルは、日本における釉薬研究の第一人者である小森忍氏の作品です。

現在訪れて目にする端正な佇まいからは想像もつかないが、一度は廃墟となり取り壊される寸前であったという。

伯爵邸は戦後1948(昭和23)年、アメリカのGHQに接収され、1952(昭和27)年、日本の法務省に返還されました。これを東京都が買収し、翌年から1975(昭和50)年までは都の福祉局が『中央児童相談所』として使用していました。建物の老朽化が進み、その施設が移転してしまうと、その後の25年間は人の出入りがなくなり廃虚となっていきました。

「大変貴重な建物である」と声があがった旧小笠原邸保全運動を契機に都の取り壊し方針は取り下げられ、後に東京都は復元、並びに歴史的建造物としてふさわしい活用を条件に民間への貸し出しを発表した。

発表から2年、「旧小笠原邸を広く人々に見てもらいたいという」熱い情熱と共に、建物の様式に合わせてスパニッシュレストラン「小笠原伯爵邸」として邸宅は蘇った。

壁で分けられた伯爵の寝室と書斎だった場所は、広々としたメインダイニングに壁で分けられた伯爵の寝室と書斎だった場所は、広々としたメインダイニングに
当時使われていた家具として唯一残るサロンの大テーブル当時使われていた家具として唯一残るサロンの大テーブル

今でこそスペインバルといったスタイルも多く見かけるようになったが、開業当初はもちろん、今に至ってもモダンスパニッシュがコース仕立てで食べられる場所は珍しいかもしれない。ランチに訪れる女性客など年齢層は幅広い。

個室のご用意もありますので、夜はご接待なども比較的多いですね。デートでのご来店や、『彼女が憧れているこのお店でプロポーズしたい』と予約時にお話いただくこともあります。『ここに行くからおしゃれをして』なんて発想力が湧いてくるような、いつもの日常な感じより少しメリハリのあるような場、皆さまの生活の中でちょっといつもと違う何かをと求めた時に、頭に浮かべていただけるような存在でありたい、と思っています。

数年後には100年にもなろうかというこの歴史ある洋館。レストランを通してお客様へのメッセージを伺った。

本邸は、誕生から75年の時を経てレストラン「小笠原伯爵邸」に生まれ変わりました。往時の趣をそのままによみがえった邸内には、当時のこだわりと思いを宿しています。その歴史ある空間に身をおき優雅にお食事を楽しんでいただけることは、私たちにとって最大の喜びです。料理長ゴンサロ・アルバレスの繊細で季節感豊かなモダンスパニッシュのひと皿ひと皿をぜひ、ここ「小笠原伯爵邸」でお楽しみください。皆さまのお越しを心よりお待ちしております。

生き生きと息づく建物。「小笠原伯爵邸」はレストランという新たな場として活用されるだけでなく、積み重ねられた貴重な歴史を、空間を大事に伝え続けている。その場にゆっくり身を置いて、日常とは違ったひと時をぜひ楽しんでみては。

 関連リンク 
小笠原伯爵邸
新宿区河田町10-10
TEL 03-3359-5830
https://www.ogasawaratei.com

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歌舞伎町文化新聞編集部の略称アイコンです。

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