歌舞伎町に4月14日開業予定の「東急歌舞伎町タワー」。高さ約225mとなるこの超高層複合施設が1月11日ついに竣工した。本サイトではこれまで外装デザインを手がけた建築家の永山祐子さん、設計を手掛けた久米設計にお話を聞いてきたが、今回は実際に建設を担った清水建設株式会社の鈴木和夫さん(清水・東急建設共同企業体 歌舞伎町一丁目地区開発計画建設所長)に、非常に難しい施工となった建設の裏側と大手ゼネコンならではの最新技術などについて伺った。
編集部:
最初に建築計画を聞かれた時、どのような印象を受けられましたか?
鈴木和夫さん:
やはり歌舞伎町という、人も車も多く道も狭い「繁華街」であるということがまず大きなポイントとしてありました。周囲に何もなければないほど工事は進めやすい、というのも工事中は音も臭いも振動も出るため、通常の生活に比べてご迷惑をかけることがたくさんあります。次に感じたのは敷地が狭いところにこんな高い建物を建てるのだということ、それから建物内に異なる用途の施設が集積していることです。これらは歌舞伎町という場所以上に、今回の課題でした。最初に聞いた時は「劇場やホテルがあるんだ」という感じでしたが、いざ図面を見てみると劇場や映画館は大空間が必要で空間の中に柱がありません。一方ホテルは一部屋一部屋細かく区切るための柱や壁が多くある。構造的にまったく共通点のないものを上に積んでいくには、どうやって造っていくべきかと考えました。
編集部:
御社がこれまでに手掛けた建物では最も高く、また敷地面積に対してもほかに例のない高さを誇ると伺いました。
鈴木和夫さん:
そうですね。横に広い建物は右からでも左からでも造れるのですが、今回のように高い建物というのはどうしても下から順番に縦に積んでいくしかないので手順が限られます。さまざまな資材の搬入、1日千人、二千人にもなる作業員の出入りも平面的に広ければどこからでも入れることができますが、エレベーターなど上下の昇降を含めそうした場所を確保するのは大変です。加えて敷地が狭いので多くの資材、工事に使う機械を置くスペースが限られることも工事を難しくする大きな要因になります。
建物の造り方は、通常は地面から掘って一番下の基礎を造りそこから積み上げていく(順打ち)か、先に1階の床(施工地盤)を作って資材の置き場を確保し、そこから上は上、地下は逆打ち(1階から順番に徐々に下がっていく工法)のどちらかの工法を取ることが多いですが、今回はそのどちらでもなく、掘って基礎を作った段階で、地下の鉄骨(骨組み)だけ組み立てて1階の床を造り、そこから地下は地下、地上は地上で躯体を順番に造る二段打ちという工法を取りました。
編集部:
実際、どのようなことから建設に着手するのでしょうか?
鈴木和夫さん:
私たちの仕事は仮設(最終的に残らない工事中だけに使う柱や足場など)を計画することから始まります。設計図を元に工事金額の見積もりを出し、その内容で入札などにより施工業者が選ばれます。建物自体の金額というのはあまり各社で大きな差がでないものだと思いますが、仮設の費用というのは本当に考える人で千差万別です。これだけの建物になると仮設だけで億単位の金額が必要になるので、最初の段階でどういった仮設計画なのか、地下工事はどう進めるかなどある程度方針を決めます。
仮設は最終的には壊さなければいけないので、予算的にも物理的にも一番減らしたい部分ではあります。しかしきちんとした仮設がなければ作業員の作業効率は上がりません。タワークレーンをどこに建てるか、仮の資材用エレベーターは小さいもの2台がいいのか、大きいもの1台がいいのかなどを考えることから始まります。今回の建物は仮設をどうしたら良いか考えがいのある建物だったといえます。
編集部:
仮設計画では何が大変だったのでしょうか?
鈴木和夫さん:
例えば建物の中間層に大空間の劇場などがあるので、仮設エレベーターの位置はその真ん中を突っ切るわけにいきません。しかも劇場空間を避けたところで上のホテル階は建物がスリムになっているので、劇場は避けつつホテルまで上がれるような、非常に限られた空間のどこに設置したら良いか何回も練り直しました。最終的に地上に3台、地下専用に1台設置したしましたが、地上に設置した仮設エレベーターのうち1台は、悩んだ結果、ホテルの客室を1部屋、縦に20層分を潰して作りました。周囲のホテルの部屋の内装は順番に進めつつ、本設のエレベーターが動き出してから仮設を壊し、最後にそれらの部屋を仕上げていきました。
最終的に渡す建物を良いものにするためには仮設にお金をかけても、作業員さんが作業しやすい環境を整えるべきというのが私の基本的な考えで、それが結果的にも一番良いと思っています。
編集部:
大規模な工事をどう進めるか、これまでの経験が大きく活かされるのだと想像します。
鈴木和夫さん:
私自身は入社して北陸支店で20年以上にわたり係員から主任・工事長へと経験を重ね、その後東京で現場を担当しています。
部下としてさまざまな所長の下でいろいろな計画に関わってきましたが、毎回どういう考え方で所長が進められているかを聞くのは楽しかったですね。また、実際に職人さんに指示したり現場で組むのは若い係員なので、私も現場の一部を計画する・施工するの繰り返しの中で多くの経験やノウハウを得ましたし、その蓄積があって今に至っているように思います。
私は清水の中でも新しい工法などもわりと好きで、また私自身、いろいろな仕事の方法を広く知識として持っていた方が良いと思っていますし、それをやってみたいという気持ちが常にあります。例えば、現場で組む鉄筋などの一部をあらかじめ工場で組んで持ってこられないかということは常々考えています。今回の建物では外装のカーテンウォールがでこぼこしていて、それに合わせて床も平面的にギザギザに造らなければならず、現場で作業するには手間と精度に課題があると感じました。そこでその先端部分は工場で造って運び込んでいます。
工場で造るのはコスト的には高いのですが、最終的に現場の作業全体の効率を考えるとむしろコスト面でも良いのではと考え、積極的に取り入れました。
鈴木和夫さん:
他にもデザインを考えられた永山先生がこだわられているところをどう実現するかという点は、設計図だけでは出来上がらない部分もあるので、直接先生と我々、パーツを造る専門業者も交えて話し合いをしながら、細かいディティールを一緒に考えていきました。例えば建物の一番上の部分には、山がいくつも連なっているような形のカーテンウォールがあります。下層階からガラスにアーチ型の白い模様が施してあり、一番上の真っ白までグラデーションにすることで、全体で噴水の水しぶきに見えるようにと永山先生がイメージされたデザインです。このトップ部分はもともとガラスで作ったものを白く塗ったものを想定していたのですが、これでは強い屈曲に仕上げるには強度の面で課題があり、ガラスではなく、アルミパネルという金属のパネルを使った方が良いというご提案をさせていただきました。アルミを使うことでカーブの形などもイメージに近づけることができたと思います。デザインを実現することと建物としての機能、強度、それらをどう優先させるかはせめぎ合いです。建物は絶対の前提が雨風をしのぐもの、という意味ではただの四角い建物が一番機能的なのですが(笑)やはりおもしろくありません。そういう意味ではこの建物は本当に歌舞伎町という場所でシンボリックな建物になるような、とても良いデザインです。その実現のために、我々は持てるスキルを最大限使っています。
編集部:
大手ゼネコンならではの最新技術も活用されているそうですね。
鈴木和夫さん:
まっすぐ建物を建てていくために普通は測量しながら進めていくのですが、超高層のためGPSを使った測量を採用しました。設計会社は出来上がった建物の解析をしますが、我々は「施工時解析」といって施工途中の状況を解析しながら建設します。今回は敷地が狭いといっても4つに工区を分けていて、ある工区を上に積み上げるとその部分が沈みます。ある柱には上の荷重が掛っているけれど、別の柱は上までつながっていないから荷重が掛からないなど、柱一本一本の沈み方も違ってきます。どの段階でどれくらい沈んだり曲がっているか事前にある程度想定し、計測しながら最終的に正しいレベルにできあがるように、当社の技術研究所や技術スタッフの力を借りながらやっています。超高層などを手掛けることができるのはこうした技術力があるからだと思います。
編集部:
エンタメ施設とホテル、用途の違う施設が集積した建物において音や振動の問題はどのように解決されたのですか?
鈴木和夫さん:
大きい音が出る施設はすべて「ボックス・イン・ボックス」といって、建物の構造体と縁を切った箱を中に造ることで、その中で音や振動をある程度遮断できるようにしています。今回は建物の中で1500人を収容できるライブホールだけは縦ノリのスタンディングホールで、床の振動が普通の「ボックス・イン・ボックス」では吸収しきれないので、当社の特許技術になっている「ダイナミック・ライブフロア」という床の振動を構造体に伝えにくくするシステムを採用していただきました。当初、久米設計さんはライブホールだけ躯体を別棟のように設計していたのですが、建物本体と縁を切っても通路を造る過程で漏水の危険や、そもそも地下部分で土も硬いため、想定通りに振動が遮断できるかどうか難しさもありました。当社に施工が決まった時に最初にこの方法を提案させていただき、躯体を分けずに構成しても実現でき課題解決につながりました。
編集部:
竣工を前にして今のお気持ち、そしてお仕事の醍醐味をお聞かせください。
鈴木和夫さん:
本当に造るのは大変ではありましたが、エンターテインメントとホテルという目的のはっきりした構想自体もとてもいいと思いますし、歌舞伎町にふさわしい建物ができたのではないかと感じています。私も自分が手がけた仕事として「ああ、あの建物ね」と言ってもらえるような建物になりましたし、この先いくつ工事を担当するかわからないですけれど、振り返れば一番特徴のある建物になるのではないかと思っています。
人間は衣食住が基本で、私は「建築はその一つに関わる重要な仕事である」と思っています。形として残るものでもありますから変なものを残すわけにはいかないですし(笑)。自分の関わった仕事は全部子供に見せてきているのですが、完成した建物を誰かに誇れるという素晴らしい仕事だと思っています。今後、皆さんに見ていただき、使っていただき、この建物と施設の中で多くの経験をすることで喜んでいただけることが、私自身の喜びであり、満足だと思っています。