歌舞伎町一丁目地区開発計画(新宿TOKYU MILANO再開発計画)ビジョンを
具現化する久米設計 <前編>

2022.07.25

歌舞伎町の街で、その完成に期待が高まっている「東急歌舞伎町タワー」。ホテルおよび映画館・劇場・ライブホールなどのエンターテインメント施設などからなる地上48階、地下5階、塔屋1階、約225mの超高層複合施設は、その施設構成だけでなく外観も含め、これまでの高層ビルとは全く違った趣を見せる。世界中の観光客をワクワクさせるような「デスティネーション」として、街全体の未来を見据えながら進められた今回の開発計画と、シンボルとなるタワーの設計を手掛けた久米設計にお話を伺った。

井上宏さん:株式会社久米設計 開発マネジメント本部 都市開発ソリューション室部長
星川慎之介さん:同 都市開発ソリューション室主査
神河恭介さん(聞き手):株式会社POD 代表。プロジェクト初動期より企画関連を協力、一部制作。

左から井上宏さん、星川慎之介さん、神河恭介さん

神河さん:
「歌舞伎町一丁目地区開発計画(新宿TOKYU MILANO再開発計画)」は事業主体である東急グループにとって最大級とも言えるプロジェクトであると同時に、国家戦略特区にも認定された計画です。200メートルを超えるビルは新宿駅東側では最高峰となり、規模も意味合いも大きなお仕事かと思いますが、都市計画・設計の具現化を率いる役割として、今どのように感じられていますか?

井上さん:
2015(平成27)年に、神河さんと東急の開発担当者と一緒に「未来の歌舞伎町をどうしていくか」、街の魅力が広がっていくようにと考えるところから始めました。歌舞伎町のまちづくりは、町会長だった鈴木喜兵衛さんや東京都建設局の石川栄耀さんといった創始者の思いがあり、そこに東急の創始者と言われる五島慶太さんが強いパッションを持って関わっていった歴史があります。久米設計の創始者・久米権九郎は実は慶太さんの親戚関係にあり、慶太さんを支えながら、かつてこの場所にあった「新宿東急文化会館」を共に作りあげました。

新宿東急文化会館(開館記念パンフレットの表紙) 写真提供:東急レクリエーション

井上さん:
戦後ゼロから街をつくるという時に強い理念と情熱を持って「繁華街をつくっていこう」と掲げたまちづくりは、日本ではあまりなかったのではないかと思います。だからこそ世界に誇れる繁華街になっていったのだと思いますし、その経緯は歌舞伎町が今栄えているルーツであると同時に我々久米設計の都市・建築づくりの大切な経験でもある。そう思うとこのプロジェクトに再び関われることができてとてもうれしく感じます。「東急歌舞伎町タワー」の建設工事は終盤に差し掛かってきましたが、完成したら終わるのではなく、建物が使われ始めその後、街がどうなっていくかということをしっかり見届けないと終わったと感じられないと思います。そういう意味では今はまだ道半ばだという思いです。

建設が進む「東急歌舞伎町タワー」

神河さん:
星川さんは参加されていかがですか?

星川さん:
日本の超高層ビルはオフィスが入るなど似たようなものが多いイメージがあると思いますが、今回は好きなものだけをパッケージにして建てたような、今までにない超高層のタイポロジー(類型化)が出来上がっています。「アーバンファブリックス」という言葉がありますが、大小さまざまな施設や店、歴史、人の営みといったものが織り込まれた「街」という生地の素材感を読み込むように、街なかにあるコンテンツを建物へ集積していくというコンセプト作りは、入社して初めてのプロジェクトでしたがとても刺激的でした。歌舞伎町という人々のエネルギーに溢れている街で実際に設計に携われたことは貴重な体験でしたし、進行している今、日々おもしろいと感じています。

神河さん:
初期の企画段階で、井上さんが描かれたスケッチが非常に印象に残っています。ビルの上の方にUFOのようなものが載っていて、そこにヤシの木が生えていたりエスカレーターがついていたりするようなイラストでした(笑)。あれはどのようなイメージで描かれたのですか?

ファーストスケッチ

井上さん:
ディスカッションの中で、非日常の異次元から都市を見下ろしているような「歌舞伎町の上空に浮かぶリゾート」が思い浮かびました。最近ドローン映像というものをよく目にしますが、当時そのような視点が浮かびました。ものすごく高い位置からではなくて、ちょっと浮いた場所からの視点。足元にいると見えないことがたくさんありますが、浮き上がって上の方から見ると全体が俯瞰できる。ちょうど神河さんが触れられていた「都市体験」という言葉から、歌舞伎町の地上で出来る体験と、それを違う場所から俯瞰するような、双方からの都市体験の意味を考えていたこともあったと思います。

神河さん:
エンタメ施設とホテルを同梱した特徴的なビルになっていますが、設計する際にこだわったこと、課題になったことはどのようなことでしたか?

井上さん:
都市再生特区の認定取得に向けて、どうやって街を良くしていくか、将来的な都市体験はどうなるかといったシナリオを東京都に提案したのですが、最初はなかなか思いが届きませんでした。そこで「街ごとIR(Integrated Resort=統合型リゾート。一般に展示場や会議場、ホテル、商業施設、レストラン、エンタメ施設などが集まったに複合的な施設)」というコンセプトを打ち出したのです。当時は「IR=カジノ」という印象が強く、その是非が行政でも議論になっていた敏感な時期だったこともあって、あえてセンシティブな言葉を使って注目を引きながら、プロジェクトにおける「都市観光拠点」の意義を本気で伝え理解してもらおうと考えました。行政もまちづくりにおいてはいわゆる共同事業者であって、都市を強くするという共通の目的に向かっていかに彼らの共感を得られるかというのは大事なことでした。

井上さん:
この開発計画はただ建物を建てるのではなく、歌舞伎町という「都市の一部をつくる」というスタンスで一貫して進めてきました。歌舞伎町には映画館やライブハウス、飲食店など多数の「観光資源」が点在しています。その街のコアになるような建物を建て、街に必要なコンテンツを建物内に縦に積層する形で「歌舞伎町の一部」を作ろうとしたのです。建物内の資源をまた街へ返していくことで街がストレッチし、まさに街全体が「統合型リゾート」になっていく。そうした考えは共感を得ることができました。いろいろな楽しみ方を包括したものこそが「IR」だと思いますし、歌舞伎町はそういう場所なのだと感じています。

神河さん:
「IR」という言葉を投げかけることで、我々も「街なかにIRを作る」という発想から「街ごとIRにする」と考えを深めることができましたよね。
ビル全体としては、「グランドホテル」(かつてヨーロッパの貴族階級の社交場として機能したホテル施設の呼称)がコンセプトになっています。しかし、かつて西欧のブルジョワジーが利用していたような「グランドホテル」の再現ではなく、大衆を主役にした「新しい時代のグランドホテル」という新しい発想で、誰もが少し贅沢な気分が味わえるような、非日常が楽しめるような場所が歌舞伎町にあったら、もっと街が面白くなるのではないかと考えました。グランドホテルと聞いて星川さんはどのように感じられましたか?

星川さん:
その言葉にはあまりピンとこなかったのですが、建物の構成やデザインエレメントとしてのグランドホテルという解釈を重ねながら建築計画を深化させていくことで、きれいにまとめていくことができたと思っています。建物の基壇部はアーチ状になっていますが、これはゲートとしての役割を持たせると共に、グランドホテルとしてのしっかりとした構えの意味でも、昔から使われている石造のアーチというクラシックなスタイルから着想を得て永山祐子さん(外装デザイン監修)と共にデザインに昇華させました。

東急歌舞伎町タワーのデザインソースの一つになったグランドホテル。クラシックな外観としては街とつながりを持たせたような基壇部に中層部が重なり、上層部は特徴的なデザインが施されている

井上さん:
グランドホテルには、文化を楽しむようなダンスホールや劇場などがあって、今回の建物もそうした豊かさのある特別感を作ってあげたいという思いがありました。おめかしして家族で演劇を観たり食事をしたりできるような晴れの場であり、みんなが集う場でもあるグランドホテルは、歌舞伎町という街全体の晴れ舞台にもなるのではないかとアイデアがまとまっていきました。
ただ200mを超える高層タワーの中に積み上げるには、建築的に非常に難しい用途が積層しているんですね。例えば柱だけみても、ホテルはホスピタリティに必要な生活空間を守るため、細かく柱を建て客室を支えますが、その下に造る劇場や映画館は真ん中に柱のない大きな構えにしないといけない。ライブホールのような振動の大きい施設も入っています。構成、遮音、振動など各用途によって異なる条件にできるだけ柔軟に対応した構造フレームで解こうとした点は苦労したところです。

神河さん:
かつての「新宿東急文化会館」もスケートリンクや座席数1500席といった規模の映画館が入った建物でした。建築的には今回のような構造の建物は世界的にも例が少ないのではないでしょうか?

かつての「新宿東急文化会館」 写真提供:東急レクリエーション

井上さん:
ドイツで構造を学んだ権九郎は構造エンジニアに長けた人で、当時にしては大空間をシンプルにまとめました。今回も大空間と小空間をどう組み合わせるか苦労しましたが、そうした前例を思い出しながら挑戦を続け、すべて実現させました。コストバランスや施工方法など大きな課題もありましたが、東急さんの強い意志と共に、旧建物と同様に施工を担った清水建設さんと、思いを一つにしたメンバーだから乗り超えられたのだと思います。

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