新宿観光振興協会設立の原動力
「伊勢丹 新宿本店」の街への思い

2022.06.02

新宿は食事や買い物を楽しんだり、映画を観たりさまざまな楽しみ方に溢れている街だ。多種多様な店の中で大型百貨店が多いのも特徴の一つで、新宿駅の東西どちらのエリアにも新宿の顔となるような百貨店が立ち並び、新宿周辺だけでなく沿線から多くの人を集めている。
新宿に本店を構える「伊勢丹 新宿本店」は、とりわけ最先端のファッションやグルメ、情報に触れることができるようなワクワク感に満ちた売り場で人々を魅了し、国内外の注目を集めてきた百貨店ではないだろうか。

そんな伊勢丹は早くから一企業として新宿のまちづくりなど地域活性に寄与してきた。その1つが、伊勢丹が中心となっていた新宿区観光協会(当時)である。新宿ではこうした民間主導の団体と行政が緩やかに連携しながらも、これまでそれぞれに活動を展開してきたが、2014(平成26)年、より発展的な観光事業の振興を目指し、新たな組織「一般社団法人新宿観光振興協会」として一つになった。
株式会社伊勢丹本社に在籍し、2007(平成19)年から新宿区観光協会の事務局次長を務め、現在は一般社団法人新宿観光振興協会 専務理事として新宿の観光事業に取り組まれる古川哲也さん(株式会社三越伊勢丹)にお話を伺った。

はじめに少し伊勢丹の歴史について辿ってみよう。伊勢丹は1886(明治19)年11月、神田旅籠町に小菅丹治が伊勢屋丹治呉服店を創業したことに始まる。1924(大正13)年に百貨店形式となり、1933(昭和8)年に新宿に本店を開店した。1968(昭和43)年には当時話題となった「男の新館」(現在のメンズ館)をオープン。1986(昭和61)年に創業100周年を迎えた。

編集部:
本店は来年で開業90周年ですね。新宿はどのような街だとご覧になっていますか?

古川さん:
皆さんよくおっしゃるように「なんでもある」というのが新宿の特徴だと思います。新宿が栄えてきたのは鉄道の発達が大きかったですし、そこに歌舞伎町という大きな繁華街も生まれ、新宿に行けば何か新しいものがある、何か他にはないものに出会えると感じる人が多いように思います。

編集部:
多様な方が来られる街で、新宿本店は常に一歩先を見据えた刺激ある店づくりをされているように思います。

古川さん:
日本、世界でもトップの百貨店だという自負はあると思います。私が入社した頃、先輩から「週休2日のうち1日は休みなさい、もう1日は自己啓発しなさい」と言われ、お買場(伊勢丹では買っていただくお客さまの目線に立っておもてなしの質を向上しようと「売り場」でなく「お買場」と呼ぶ)のスタッフ、後方部門のスタッフも同業他店や他の街に出掛けファッションの勉強はもちろん、流行などを自分の目で見て確認していると聞きました。
また、バイヤーもセールスマネージャーも「顧客第一」の元、必ずお買場に出てお客さまと接し、声を聞くように言われてきました。私も総務畑が長かったですが、お店に来られるお客さまはもちろん営業に携る仲間もお客さまとして捉え、営業総務としてバックアップしてきました。お取組先と社員が一体となりお客さまの要望を吸い上げ、新たな提案をするといった力が伊勢丹の強み、そして店づくりに繋がっていると思います。
「ファッションの伊勢丹」「サイズの伊勢丹」などと言われていますが、それはお客さまの声を実直に聞き、実現することを大事にしてきた結果です。特にすばやく具現化するスピード感は伊勢丹ならではのものであります。

本店に限らず、ほかの店舗も町会や商店会などに入って街に密着し歩道、街並みの整備、清掃活動などさまざまな活動をしています。特に新宿の本店は、伊勢丹が中心になって恒例のイベントを手がけるなど新宿の街の魅力発信を行ったりして地域の皆さまと共存共栄できるよう努力してきました。

伊勢丹 新宿本店

編集部:
伊勢丹が中心となって活動されていた「新宿区観光協会」はどのような団体だったのでしょうか。

古川さん:
1956(昭和31)年に立ち上げ、第4代から伊勢丹の代表が会長を歴任してきました。名前に新宿区とついていますが完全に民間企業による団体で、伊勢丹を中心に周辺の大型店、鉄道各社、地元の企業さんにお力添えいただき活動してきました。毎年10月末に新宿御苑で行われる恒例行事「新宿御苑森の薪能(たきぎのう)」の開催が活動の中心です。もともと地元の方が新宿に何か大衆文化はないかということで、日本の伝統芸能である能を皆さんに楽しんでいただこうと始まりました。本店からも近い新宿御苑は豊かな自然が広がる環境にも優しい場所で、伝統の普及啓発と共に環境の大切さも訴えながら今年で34回と回を重ねてきました。

「新宿御苑森の薪能(たきぎのう)」

編集部:
そのように一企業が街のために力を注いできたのは、どのような思いからでしょうか。

古川さん:
「伊勢丹は新宿に育てられたということを忘れないように」という気持ちは大切にしてきました。新宿あっての伊勢丹ということですね。当時から街のために何かできないかと考えてきました。根底には新宿駅から一番遠い百貨店だったこともありお客様にわざわざ足を運んでいただくには、一流になるには、を常に考える習慣が出来上がっていきました。だからこそ地域と一緒になって街全体を盛り上げていくことが大切で、町会や商店会の皆さんと共に考えてきました。地域社会、住民への貢献も含めさまざまな役割を果たすことが出来るのが百貨店で、地域にとって必要なインフラと言えるのではないでしょうか。

2008(平成20)年に副都心線が開通して初めて駅直結になりましたが、その時は新宿東地区まちづくり研究会が主体となり、他の百貨店にもご協力いただきながら、伊勢丹・丸井前の新宿通りで、「New Shinjuku Jazz Scramble」を開催しました。副都心線開通記念イベントを行ったのはおそらく新宿だけだったと思います。街の方々が新宿三丁目エリアの活性化に向けて誘致活動など熱心に続けていましたので、ご尽力くださった皆さんへの感謝もありました。あの時は本当に街と企業が一体になったと感じました。

編集部:
個々の団体が新宿観光振興協会として一つにまとまったのはどういうきっかけからでしょうか?

古川さん:
小田急グループが中心になって「新しい新宿の未来を考えよう」と設立された新都心新宿PR委員会は「フラワー・ファンタジア・パレード」や「新宿芸術天国」などのイベントを行っていました。ほかに新宿区の外郭団体である新宿未来創造団体の観光課も観光情報の発信を行っていました。同じようなメンバーがそれぞれの団体に参加し合っていたのですが、当時都市間競争などの激化もあり、全団体が集まって将来の新宿の観光はどうあるべきかという会議を数年重ねていきました。従前の組織はその過程で解散・廃止し、2014(平成26)年に「ALL新宿」を合言葉に「官と民が一体」となった新宿観光振興協会が設立となりました。設立時のメンバーは新宿区役所、民間(伊勢丹)、プロパー社員とそれぞれ出身が違いましたが新宿大好き人間が集まり、毎日が刺激的でした。仕事量も多く大変でしたが一つのチームとしてまとまり、何よりも新宿区内の皆さまのご理解、ご協力もありどうにか設立に漕ぎつきました。現在は「新宿御苑森の薪能」をはじめ、新宿芸術天国から発展した「新宿まちフェス」「新宿パークシネマフェスティバル」など協会主催事業のほか、観光に関するさまざまなイベント、観光情報誌やマップなどの制作・配布、HPの運営、新宿観光案内所の運営などを手がけています。

海外から来られた方が日本のどこに遊びにいきたいかというとやはり新宿がトップです。コロナ前までは訪日観光客は驚くほど多かったですし、長期滞在の方も多くいらっしゃいました。観光案内所も多い時には1日に1,200人以上が来所され、ラグビーワールドカップやオリンピック開催前には、新宿にお越しいただいた方をどのようにもてなし、「新宿にまた行きたい」と思っていただけるようなご案内をするにはどうしたら良いのか、来所されたお客さまの声、さらに新宿区内の街の方の声も聞きながらご案内を実践していきました。
皆さんの声を吸い上げ運営に活かすという点は伊勢丹のように新宿観光振興協会も大事にしているところです。

「新宿パークシネマフェスティバル」

編集部:
新宿の街の未来には、どのようなことを期待されていらっしゃいますか。

古川さん:
歩行者がもう少し歩きやすい街、緑を増やしたり、通りにテーブルやイスを出してお茶を飲んでくつろぐことができたり、そんな通りが新宿区全体に増えればと思っています。天候に関係なくイベントができるような場所があったり、クリスマスだけでなく週末などに通りがきらめくようなイルミネーションができたら、街に来た人にも楽しんでもらえるのではないかと思っています。
新宿には、新宿が大好きで「街をひっぱっていこう」「ほかの街に負けないぞ」という気概を持った方がたくさんいらっしゃり大変心強いです。

来年4月にはホテル×エンタメ施設からなる超高層複合施設「東急歌舞伎町タワー」が開業し回遊性のアップ、地域と一体になったエリアマネジメントを実施することによって今まで以上の賑わいが創出されることになるでしょう。

その後はJR東日本さん、東京メトロさん、小田急さん、そして京王さんの新宿駅建替えを契機とした「新宿グランドターミナル構想」が計画されており、新宿駅周辺が大きく変わろうとしています。しかしこの再開発が駅内完結型ではなく、まち全体が活気溢れることを期待しています。また、将来的には伊勢丹本店を含む新宿三丁目界隈の開発も進むのではないかと思っています。

ここ数年で新宿駅周辺がどう変貌していくのか楽しみにしています。長生きしないとね。

新宿が持つ歴史を忘れぬよう、さまざまな魅力をこれからも肌を感じていただけるよう新宿観光振興協会も活動していけたらと思います。

(このインタビューは2022年4月19日に行ったものです)

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