「東急歌舞伎町タワー」に開業する数々のエンターテインメント施設。前回ご紹介した劇場に続いて今回は、9階から10階の2フロアに展開するシネマコンプレックス「109シネマズプレミアム新宿」を取り上げたい。
もともと歌舞伎町は、戦後に当時の町会長だった鈴木喜兵衛が「広場を中心に、その周囲を劇場や映画館などで囲む興行街」という非常に斬新なアイディアから生まれた街だった。エリアで最初の映画館となる「新宿地球座」を皮切りに、「新宿オデヲン座」、さらには東急歌舞伎町タワーの前身となる「新宿東急文化会館(後の「新宿TOKYU MILANO」)」内に「新宿ミラノ座」が誕生するなど、全盛期にはまさに「映画の街 新宿」を体現するような場所であった。
久しぶりにこの地に復活し、かつ映画館でしか感じ得ない最高の映画体験をしてもらいたいと企画された映画館づくりについて、開発に関わった東急レクリエーション映像事業部企画開発課長の小林理紗さん、109シネマズプレミアム新宿支配人の廣野雄亮さんにお話を伺った。
編集部:
映画文化を牽引してきたこの場所に再び映画館をつくるにあたって、どのような思いがありましたか?
廣野さん:
109シネマズというブランドのシネマコンプレックスを全国に19館展開しているのですが、今回は「109シネマズプレミアム」という新しいブランドを立ち上げて出店します。
ここ数年「映画館に行く価値とは何か」という問いを突きつけられる場面が多くなってきておりました。配信でさまざまな映像コンテンツを観られる時代になり、映画館そのものの存在意義を考える中で、より付加価値のある映画館をつくっていかなければいけないという想いで、計画を進めてきました。新宿にはすでにたくさんの映画館がありますので、計画初期から普通の映画館ではない、何か「ここにしかないものをつくる」という方向性ははっきりしていました。
編集部:
コンセプトに「感性を開く映画館」という言葉を掲げられていますが、どのような映画館を目指したのでしょうか?
廣野さん:
配信で観るのももちろん良いけれど、映画館の大画面で映画を観ることには価値があるということを大事に、それを高いレベルで感じていただけるような映画館をつくりたいという思いからスタートしました。良質な鑑賞体験ができるシアター、座席や音響環境、映画を観る前に過ごしていただくラウンジ空間など、すべてにおいてこれまでの映画館よりワンランク上のサービスを提供し、映画の世界に没入していただこうと考えました。
シアターのデザインに関しては、極限まで映画に集中できるよう視覚的なノイズを極力排したモノトーンな内観で、音響面の効果にも配慮したデザインを採用しています。座席はCLASS SとCLASS Aという2種類のプレミアムシートを完備していて、CLASS Aでも横幅が通常の座席の倍近くあります。全席プレミアムシートというのはシネコンでは日本初です。普通にシネコンを作れば2,000席数ぐらいは設けられるスペースの中に、8シアターで合計752席だけを設けていますので、本当にゆったりとした空間で鑑賞していただけるのではないかと思っています。
編集部:
映画館づくりの中でも、今回特にこだわったのが「音」だと伺いました。
廣野さん:
他の映画館では味わえない特別な映画鑑賞体験を実現するため、音楽家の坂本龍一さんに、シアター音響の監修をお願いしました。坂本さんが信頼をおかれているエンジニアの方のご協力もあり、引き受けて頂けることとなりました。坂本龍一さんは高校生の頃に新宿中のJazz喫茶や映画館を訪ね歩いてらっしゃったこともあり、新宿の街と非常に深い関わりを持っていらっしゃいます。
お打合せの中で坂本龍一さんから頂いたアドバイスを踏まえて、今回の音響システムでは、スピーカーだけでなく、アンプやスピーカーケーブルに関しても大変こだわっています。カスタムスピーカー、最高品質のアンプ、特注のスピーカーケーブルと、細部までこだわったサウンドシステムを全シアターに搭載しました。スクリーンの存在を感じさせない、曇りのない音を目指して設計されております。
加えて、音響監修と合わせて、館内で使用する楽曲も坂本さんに書き下ろしでご提供いただいています。
小林さん:
私自身、シアター内で作品を実際に観てみて、それまで観た映画の印象と全然違うことに衝撃を受けました。こんなに素晴らしい音が映画に入っていたんだと驚くくらい、細かい音も聴こえてきました。映画を3Dで観た時に、本当に映画の中に入り込んだかのような素晴らしい映像体験をされたことがある方もいると思うのですが、音でその体験ができたような感じです。それほどまでに違う音響環境のある映画館でぜひ映画を観て、その音を体験していただけたらと思います。
編集部:
映画館づくりを進められる中で何か難しさはありましたか?
廣野さん:
「鑑賞環境の良い映画館をつくろう」という点一つとっても、何をもって「良い環境」というのか、さまざまな方向性がありましたし、どういったシーンで利用していただけるのか運営面も含めいろいろな議論がありました。初めてのチャレンジ尽くしの施設になりましたので、そうした社内の思いを統一していくことは大変だったかもしれません。例えば「カップルシートは作らないのか」というご質問は良くいただくのですが、社内でもその議論はありました。その結果、一番大事なのは極限まで映画に没入してもらえる空間を作ることだという結論に至りました。
小林さん:
かつての新宿ミラノ座では、いろいろ新しい挑戦をしてきた歴史もあったと聞いていました。最近ではシネコンが標準化してきたことで、少し進んだ挑戦はしてきていたものの、ある意味勝負をかけたような、ここまでぐっと踏み込んだ映画館づくりは新宿のレガシーというか、この場所だからこそやってみるべきなのでは、と考えたところもあったと思います。
編集部:
エンタメ施設とホテルが複合的にある建物ならではの、そして街とつながりあった展開にも期待が寄せられています。
廣野さん:
建物としてはそこが大きな強みであり、面白いところだと思います。建物内で映像伝送できる仕組みもありますので、例えば、地下のライブホールで公演が満席になった時に映画館でライブビューイングも可能です。どこか別の場所ではなく、本会場と同じ建物で、同じ空気を感じながら楽しめるというのは価値があるのではないかと感じます。建物内にはさまざまな場所にアートがちりばめられているのも特徴ですが、映画館もラウンジ内にいろいろなアートを配置しています。
また9階には「POST CREDIT」というショップがありますが、ここはスーベニアショップという位置付けでどなたでも入れる空間になっています。上層階にホテルがあって、インバウンドの方も歌舞伎町にたくさんいらっしゃるので、映画のグッズにとどまらず、お土産になるような商品も扱っていこうと考えています。
歌舞伎町は多様な方が集まる街なので、いろいろなライフスタイルに合わせて週末などに深夜営業もできたらと考えています。8スクリーンあるので、各施設と連携しながらさまざまな使い方を考えていきたいと思っています。
小林さん:
シアター6には「ScreenX」という、正面だけでなく左右の壁面にも映像が投影される3面ワイドビューシアターを採用しています。これは映画だけでなく、ライブビューイングや、例えば韓国のK-POPアーティストの映像コンテンツなどとも非常に相性が良いと感じています。新宿ミラノ座でも韓国映画を上映してきてファンが多くいらっしゃいましたし、歌舞伎町の近くには韓国文化が体感できる大久保もあるので、歌舞伎町という街を意識したラインナップも提供できるのではないかと思っています。
編集部:
開業に向けての思いをお聞かせください。
小林さん:
映写機も最高級のレーザー映写機を入れているほか、35mm映写機も導入が決定しているので、過去の新宿ミラノ座で皆さんに楽しんでいただいたような懐かしい作品も上映できたらと考えています。ハレの日に利用される方もいらっしゃると思いますし、こだわりを持って映画を観に来られる方、足を運んでくださる方々にしっかりと応えていきたいです。
廣野さん:
大きな規模で公開される作品を中心に上映しつつも、お客様からのリクエストをとったり、往年の名作やアート作品など、独自性を出した編成も考えていきたいです。ここで一度映画を鑑賞していただけたら、「好きな作品はこの映画館で観たい」と思っていただけるのではないかと思っています。私もすでにここで観たい作品がたくさんあります(笑)。
かつてはぐるっと映画館が囲んでいたという目の前の広場には「歌舞伎町シネシティ広場」という名前がついていますが、我々ももう一度ここに映画館を開業することで広場がその名前の通り活気付き、歌舞伎町がもう一度映画の街としての賑わいを取り戻すことができたらという思いもあります。
東急歌舞伎町タワーは“好きを極める”というコンセプトを掲げていますが、今「推し文化」という言葉も聞くように、好きなものにみなさんが注ぐ情熱はすごいものがあると感じています。映画についても、映画ファンの方は好きな映画は何度でも観たいとか、一番いいシアターで観たいという思いを持たれていると思います。我々映画館としても、好きなものをとことん楽しめる、そんな体験ができるような空間を提供していきたいと思います。