写真家 TAKAMURADAISUKEさん

2022.09.06

話題の広告をはじめ、舞台や映画のスチール写真などその第一線で活躍する写真家のTAKAMURADAISUKEさん。プライベートでは日本中の少し街外れな場所をまわり、ラブホテルやネオン群など、どこか懐かしさのある風景をポップに切り取った作品などの制作を続ける。現在歌舞伎町で建築が進む東急歌舞伎町タワーの前身で、解体寸前の新宿TOKYU MILANOを撮影するなど、歌舞伎町ともゆかりのあるTAKAMURADAISUKEさんにお話を伺った。

TAKAMURADAISUKE プロフィール

北海道札幌市生まれの写真家。
2002年、東京工芸大学芸術学部写真学科細江英公研究室を卒業後、イイノ南青山スタジオ入社。 
同大学3年生の時に制作した作品『Almost About My Country』 で第1回リトルモア新人賞グランプリを受賞したことをきっかけに、2005年に独立。
広告写真を中心にグラフィックアート、エディトリアルワーク、コマーシャルフィルム、自身の作品制作活動を行っている。
主なクライアントに、PayPay、SoftBank、SUNTORY、野村證券、UNIQLO、PARCOなどがある。

編集部:
歌舞伎町との最初の出会いはいつ頃でしたか?

TAKAMURADAISUKEさん:
20歳の時、東京工芸大学に通いはじめました。自宅に近く、少し歩くとすぐ新宿という場所に住んでいたこともあって、写真のモチーフになるものが多い歌舞伎町にも写真を撮りに行っていました。昔から歌舞伎町をはじめ新宿、四谷界隈は写真家にゆかりの深い街として知られていましたし、森山大道や瀬戸正人といった著名な写真家が写真を撮ったり展覧会をしたり、ギャラリーを構えたりしているとも聞いていました。
歌舞伎町との接点でいうと、学生最後の年にバイトをしたのが歌舞伎町のキャバクラでした。学生時代はファミレスや居酒屋、スナック、清掃に薬の治験など、それこそありとあらゆるバイトを経験してきて、卒業後は「写真の道に行く」と決めていたので、“最後の大人の社会見学”という思いで始めました。
金曜日にはショーも見せるような非常に大きな店で時給が良かったこともあるし、女の子の写真も撮れたらと思っていました。当時はまだどこか少し怖い街というか、そんな雰囲気が残っていました。

編集部:
写真家になろうと考えられたのはいつ頃ですか?

TAKAMURADAISUKEさん:
勤め人になるつもりはなくて、フォトグラファーになる前は料理人になるつもりでした(笑)。やるんだったらやりたいことをやって「プロになる」と考えていたので、写真に興味を持って大学に進んだ時には、写真で生活をするというのは大前提でした。入学時に写真の試験もないですし、大人になってからでも始められるのは写真のいいところです。
学生時代はもともと好きだった風景写真などを撮っていました。3年生の時に渋谷、新宿、六本木、秋葉原、原宿など、それぞれの街に合わせたコスプレを友人にしてもらい撮影した作品が「第1回リトルモア新人賞グランプリ」に選ばれ、その流れで卒業後は写真スタジオでスタジオマンをしながらも、音楽雑誌「ROCKIN’ON JAPAN」などで仕事をさせてもらえるようになりました。

リトルモア新人賞 受賞作品より

編集部:
広告を活動の中心にされるようになったのは、どんなきっかけからですか?

TAKAMURADAISUKEさん:
スタジオマン時代に知り合ったアートディレクターの方が「シアターカルチャーマガジン T.【ティー】」(TOHOシネマズとTSUTAYAで販売している劇場カルチャー誌)のディレクションを始めることになり、声をかけてもらいました。映画雑誌って必然的に映画の主演といった誰でも知っている有名人を撮影するのですが、ファッション雑誌だとなかなかそうした被写体を撮影できるようになるまでに時間がかかるんですよね。だから若手のカメラマンとしては非常に貴重なお仕事でしたし、広告業界への足がかりにもなりました。

TAKAMURADAISUKEさん:
僕は、写真とは四角いフレームにおいて、そこに写っているものが全てだと思っています。僕にとっての「かっこいい」は写真的に情緒があるとかそういうことではなくて、三次元のものが写真になった時にいかに美しく映るかということなので、撮影中に被写体に話しかけるなど必要以上に距離を縮めるといったこともありません。寺山修司が言った「人間は血の詰まった袋である」とか、スタイリストの北村道子さんの「役者なんて立って服着てればいいのよ」といったニュアンスの発言には非常に共感するものがあります。そういう意味でも合っていると感じたのが広告写真でした。広告写真はコンセプトも被写体もすでに決まっているという状況で、その中にもプロとプロのぶつかり合いのようなものがあって、写真を始めた時から仕事としてやりたいと思っていましたし、その業界で撮り手として名をあげられるような個性を磨くというか、他の人がやらないようなアプローチをし続けてきたつもりです。27歳で独立してから18年になりますが、ここ45年、ようやく一つの形に達したなという思いはあります。

編集部:
ライフワークとして撮影されているラブホテルなどの風景写真についてもお聞きかせください。

TAKAMURADAISUKEさん:
独立後の2007年頃から本格的に撮り始めました。当時乗っていたビッグスクーターにスタジオ時代にボーナスで買った4×5(大判カメラ)と三脚を積んで出掛けるんですが、寂れたような場所、人があまりいないようなところが好きだったので、房総半島とかいつも海の方に辿り着いて。そういうところにあるものってたいていラブホテルやつぶれたパチンコ屋なんですよね。建築という視点から見ても世界にあまり類がないだろうし、古い建物なので造りは立派で、昔はあたり前だったネオンサインが残っていたりしてすごくおもしろいし、いいモチーフ見つけたと思いました。子どもの頃はお笑い芸人になりたかったので、人を面白がらせることが好きということは確かにありました。約10年かけて、沖縄以外のほぼ全ての都道府県に行ったといっていいくらい回りました。個展も2回開きましたが、みんななんとなく見たことがある景色であるものの本格的に撮っている人がいないし、何かしらそれぞれの思い出にひっかかるものがあるのか、プリントも売れて好評でした。コロナ禍になって今撮影はお休みしていますが、2018年くらいから急速に閉まったり廃墟になりだしたりしているんですね。そういう意味でこのシリーズも終わりを迎えていると思うので、その最後を見届けにまた撮りに行くつもりです。

Futtsu,Chiba,2006年
Iizuka,Fukuoka,2008
Koushu,Yamanashi,2012

編集部:
その個展がきっかけとなって、歌舞伎町にあった新宿TOKYU MILANOを解体直前に撮影することになったと伺いました。

TAKAMURADAISUKEさん:
「歌舞伎町一丁目地区開発計画(新宿TOKYU MILANO再開発計画)」に初動期から携わっていらっしゃる神河恭介さんが、一連の作品を見て依頼してくれました。仕事で風景を撮影することはほとんどなかったので、プライベートな作品として撮影してきたものがダイレクトに仕事につながり本当にうれしかったですし、今でも本当に感謝しています。

以上3点、解体前の新宿TOKYU MILANO

TAKAMURADAISUKEさん:
その後も、十二社熊野神社の例大祭歌舞伎町内の神輿渡御や、老舗ホストクラブ「愛本店」が移転する際、その内観を撮るなど歌舞伎町との縁が続いています。

クラブ愛本店

TAKAMURADAISUKEさん:
2019年にはそこからさらに広がって、女優・祷キララさんの『はじめての三人』(「はじめての写真集」シリーズVol.03を歌舞伎町で撮り下ろしました。俳優で映画監督の斎藤工さん、映像作家の松本花奈さんと僕の3人がそれぞれに撮っているのですが、僕は歌舞伎町で撮りたいなと思って、歌舞伎町商店街振興組合にも協力していただき、写真集のページには収まりきらないほどたくさんのロケーションで撮影させてもらいました。これも歌舞伎町とのかかわり合いから成就した仕事の一つです。

編集部:
第一線で活躍されるTAKAMURADAISUKEさんにとって、「写真」とは何でしょうか?

TAKAMURADAISUKEさん:
好きなことを仕事にするという点から言うと、もちろんふとした瞬間に「写真が好き」だと思うけれど、仕事している時というのは、「好き」よりももう少し上の概念で向き合っているように思います。仕事が全然ない時期もありましたが、辞めようと思ったことは一度もないですし、根がわがままなので、やりたいと思ったらその道を進んでいくことは苦に感じません。自分にとって好きなこと、やりたいこと、気持ち的にできることというのは、何かを志したその初期の段階で決まるものかもしれませんね。あとはそれを磨いていけるかどうか。
職業を聞かれたら「写真に従事しています」と答えたいです。僕が主体的に写真というものを選択しているというよりは、写真という、すでに表現方法として存在しているものの一部に自分もなっていって、仕事として成立している。写真を撮って生活する中で、何かしらの意味で「写真に貢献したい」という気持ちはこれからも無くしたくないと思っています。

関連URL

Official site https://www.takamuradaisuke.com/
instagram https://www.instagram.com/takamuradaisuke_

Editorial department / 本文中の本アイコンは、
歌舞伎町文化新聞編集部の略称アイコンです。

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