アーティスト 鷲尾友公さん インタビュー

2022.09.26

東京の魅力をさまざまな切り口で紹介する月刊誌『東京人』(都市出版)が20226月号で、「新宿歌舞伎町 やさしいダウンタウン」を特集に掲げた。誌面は歌舞伎町にかかわるさまざまな人物を取り上げつつ、歌舞伎町の街の成り立ちなどの歴史、カルチャー、現在進行形の再開発など過去から未来まで包括しながら、街のリアルな姿を伝える。

東京人2022年6月号

その顔ともなる表紙には、潤沢な髪をなびかせた人物がネオンのように色とりどりに光る街を囲むイラストが描かれている。作品を手がけたのは地元・愛知を拠点に活動するアーティストの鷲尾友公(わしおともゆき)さん。人の手をモチーフにした「手君」や、「あいちトリエンナーレ2019」で巨大な壁画「MISSING PIECE」などの作品を制作されてきた鷲尾さんにお話を伺った。

鷲尾友公さん

プロフィール:1977年愛知県生まれ。同地在住。独学で絵画を学び、人物や事象など享受した事柄と関わり合いながら、イラストやデザイン、立体など多岐に渡る制作活動を展開し、人間の自由な行為として表現する。

制作前に、歌舞伎町に滞在して実際に街を見て歩かれたそうですね。

15年ほど前に音楽関係の仕事でよく東京に行くことがあって、その頃はリキッドルーム(現在のヒューマックスパビリオン新宿歌舞伎町にかつてあったライブハウス)にライブを観に行ったりゴールデン街に通ったりしていました。歌舞伎町は音楽や映画関係の人、作家が集まっているような賑やかな街、文化の発信源といった空気感があったように記憶しています。
今回久しぶりに街を訪れましたが、滞在したホテルの高層階から街を見下ろしたのは新鮮な体験でした。歌舞伎町を上の方から見ることってそうなかったので、今まで見えなかったものが見えてきたようにも感じました。制作にあたって、歌舞伎町の街ができるまでの歴史を聞かせてもらったことで街への見方が変わった部分もありました。昔は川が流れていたことも初めて知ったし、人が集まってくる宿場町であったこと。集いの場というのは今も変わらないと思うけれど、人間の営みのスタート地点というか、そうした始まりの部分みたいなものは制作のヒントになったように思います。

以上3点 鷲尾さんが手がけた「手君」

「MISSING PIECE」にも通じる、街を取り囲むように描かれた人物がとても印象的です。

その時の感情というか、自分が興味あるトピックなどを根っこに作っている感じがします。「MISSING PIECE」も完成までにいくつかのバージョンがあり、最初は顔や表情もありました。準備期間に台湾の台北にスタジオを借りて、街を散歩しながらずっとスケッチをしていたのですが、その中から出てきたんです。人がパズルのように組み合うというのは描きたいと思って、そこに街の要素が加わるというか…。人と人が組んでいくと必然的に何かが生まれて社会が形成されていく、そうした積み重ねみたいなものを描こうと思ったのかもしれません。今回は「やさしい歌舞伎町」というテーマを与えられたので、僕が思っていること、やろうとしていることが合致したように感じました。

「あいちトリエンナーレ2019」で制作した「MISSING PIECE」

「多様性」「寛容性」のある街と形容されることも多い歌舞伎町の街を表現される上で、どのようにコンセプトをまとめていかれたのでしょうか?

人によって街の捉え方が違うと思うので、どこに着地にすれば良いかというのは考えました。小さいビルが細かく区切られて建っているので、特徴的な建物の形など簡略化はしつつも、比較的忠実にということは意識して丁寧に描いたつもりです。そこをごまかすように描いてしまうと個人的な一方的なビジュアルになってしまいそうだったし、抽象的にならないようにすることで、みんなが持っている歌舞伎町の街全体のイメージからはずれないのではないかと思いました。

「東京人」表紙制作のためのラフ

手を取り合って街を取り囲む人物からは優しさと同時に、力強さも感じられますね。

特に性別は持たせていないのですが、人物の髪の毛がよく見ると街を覆う「雲」のように見てもらえるかなと考えて描いています。前に「屏風絵」をリサーチしたことがあるのですが、屏風は雲を配置することで描かない部分を省略して、必要なものを描きこむんですね。そうした手法から取り入れている部分もあります。
新宿はいろいろな電車が入ってくるので、最初はそれを蔦で表現しようと思ったのですが、ごちゃごちゃしそうなので最終的には川が流れていたという要素を取り入れました。人物の足元は地層のようになっていて、過去というか、徐々に街ができていくというその時間の積み重ねといったものを意識しています。

違った色なども検討されたという表紙案

街なかでの壁画制作をはじめ再開発ビルの仮囲いに描かれた作品、名古屋テレビ塔内のホテルのアートワークを手がけられるなど、街とアートをつなぐようなお仕事の中で大事にされているのはどのようなことでしょうか?

僕自身、現代美術の意味がよくわからないところから、作品と関わることで見方がわかったり、おもしろさを感じたりした経験があるので、それを学生や近所の人など身近な人に、自分がパフォーマンスすることで伝えたいと思って活動しています。教えている名古屋造形大学、自分のスタジオ、それから今もう一つスペースを作ろうとしているんですが、そこで直接関わりあう人たちに伝えることでそれが伝染していくような、自分の半径1キロくらいの範囲だけでも、美術というか、ものづくり、何か街でやっているというのを見てもらえたらということを意識してやっています。

歌舞伎町もすごく都心ではあるけれどちょうどよい広さで、地元のいろいろな人が交わるコミュニティという点では、どこか僕のいる街と共通する部分もあると思います。
歌舞伎町に行ってみて、若い世代も何かを求めて歌舞伎町にきているんだなと感じましたし、歌舞伎町は何かしら「体験できる」おもしろい場所だと思います。実は今企画中のプロジェクトもあって、歌舞伎町とはまだまだ関係性が続いていくので、もう少し深いところまで街を知って、アートを見てもらえたらいいなと思っています。

関連URL

WASHIO TOMOYUKI
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