本を通して世界に出会う
創業から変わらぬ新宿の文化発信拠点
紀伊國屋書店 新宿本店

2023.03.10

新宿駅東口から延びる新宿大通りには、本サイトでもご紹介してきた創業138年を迎える新宿高野をはじめ、新宿中村屋(創業120周年)、伊勢丹新宿本店(開業90周年)などの老舗が立ち並び、新宿の目抜き通りとなっている。
今回は「新宿といえば紀伊國屋書店に昔から通っていた」「紀伊國屋ホールによく演劇を観に行った」など、これまで行った数多くの取材の中で皆さんのお話によく登場した老舗「紀伊國屋書店 新宿本店」を取り上げたい。

開店当時の紀伊國屋書店

かつて「紀伊國屋書店に行けばあらゆる本が手に入る」と言われた時代もあるほどの新宿本店、現在は1階から9階までの多層階にさまざまなジャンルの書籍、雑誌のほか、ホール、イベントスペースを展開していて、新宿大通りから見上げた建物はさながら「知の殿堂」といった様相をたたえている。紀伊國屋書店の始まりと現在、これからの書店が目指す姿を株式会社紀伊國屋書店 代表取締役副社長の藤則幸男さんに伺った。

代表取締役副社長 藤則幸男さん

現在の場所が創業の地だと伺いました。

 1927(昭和2)年1月、木造の2階建てから始まりました。売場面積は38坪、従業員は創業者の田辺茂一を合わせて5人でした。今では国内68店舗、海外11ヶ国40店舗を展開する世界にも類を見ない書店チェーンへと成長を遂げました。

新宿で生まれた田辺の家は、元々は炭問屋でした。茂一が一念発起して、本屋を始めましたが、その後の発展において、田辺自身が文化人であり、作家や演劇人らと深い親交を持っていたことは大きかったのではないでしょうか。近年、書店モデルはさまざまありますが、90年以上も前の創業時にすでにギャラリーを併設していたことは驚くべきことです。早くからそうした発想が頭の中にあって、1964(昭和39)年に前川國男氏設計による紀伊國屋ビルを建てた際、画廊に加えてホールも併設するなど、自分のイメージしていたものを一挙に形にしたのではないかと思います。劇場を併設した大型書店という世界にも類を見ない書店として、新宿本店は現在に至るまで文化の発信拠点としての役割を担ってきたと自負しております。

創業者の田辺茂一氏
1964年に完成した紀伊國屋ビルディング

2019年夏から進められてきたリニューアルはどのようなものだったのでしょうか?

紀伊國屋ビルの耐震補強工事と新宿本店のリニューアルに当たって目指したことは、国内外に店舗展開を広げている紀伊國屋書店の「フラッグシップ」たるにふさわしい店として再生させることでした。近年、新宿地区は再開発が進み、様相が変貌しつつある中、紀伊國屋ビルは少し古い印象を持たれるかもしれません。しかしながら、創業からの貴重な「歴史」としての紀伊國屋ビルの姿を残せたことは、とても良かったと考えています。リニューアルした店舗では、今まで以上にお客様に「本を選ぶ時間、本に触れる時間」を楽しんでいただけるような仕掛けを随所に施しています。

長らく、待ち合わせ場所として親しまれている「1階ひろば」は、高さ6mの柱にデジタルサイネージを設置して、新宿本店の新たなシンボルとしました。週間ベストセラーなど最新の情報を発信することを通じて、多くの人々が集う場所としての「書店」を再定義したいと考えております。キャッチコピーは「紀伊國屋で待ち合わせ」です。

1階の入り口はすべて開かれた構造にしたので、これまで以上に入りやすくなったと思います。またコンシェルジュが常駐するインフォメーションカウンターを設けましたが、これはかつての新宿本店にもあった「読書案内」を復活させたと言えます。本のお問い合わせだけでなく道案内としてのご利用も多いようです。人々が集う場所としての書店を作ってきた創業者・田辺茂一のDNAを継承する意味でも、これは必要な機能であると感じています。

「1階ひろば」の様子。中央に見えるのが大型柱サイネージ

店内はより「本と出会えるような空間」づくりを意識されたそうですね。

店舗は「未来志向の原点回帰」をコンセプトとして今年1月にリニューアルオープンしました。2階の「ブックサロン」、3階の「アカデミック・ラウンジ」など新たなイベントスペースを設けています。9階にも、従来からイベントスペースがありますが、「ブックサロン」と「アカデミック・ラウンジ」は、ふらっと訪れて、新しい何かと出会える場所として、著者や出版社を招いたイベントを数多く開催できたらと考えています。書店とは、自分が好きな時に気軽に立ち寄れる場所であるべきだと考えています。そうした空間の中に学びの場、出版社や著者と直接交流できたり、お客様同士、書店とお客様が交流できたりする場があることで、出版文化への興味と敬意を新しい読者に感じてもらえることを願っています。

「ブックサロン」を併設した2階

出版不況、EC消費の浸透などによって顧客動向は変化しています。書籍に雑貨やカフェなどを組み合わせた展開や、書籍売場を減らしシェアラウンジを入れるような動きもみられます。しかしながら、紀伊國屋書店、とりわけ新宿本店は「本」を売ることに、これからもこだわっていきたいです。今まで以上に本に特化し、本を愛する書店員が選んだものを本好きなお客様に提供していく場を再構築していくことが必要だと考えています。

書店は減少傾向にあるとも聞きますが、総合書店としての役割はどのようなことだと感じていらっしゃいますか。

書店によっては新刊や売れ筋など回転率の良いものが中心になる傾向もありますが、他の書店にはあまり並んでいないような、これだけの専門書が世の中にあるということを皆さんに知ってもらいたいと思っています。実際に本に触れることができる、本とのリアルな出会いの場としての書店、それが紀伊國屋書店の目指している姿です。

大型書店の建て替え時には大量の書籍が出版社に返品されることもありますが、今回のリニューアルに際しては売場の調整と商品移動を組み合わせることで、書籍の返品を最小限に抑えたという点において、出版社の方々に喜んでいただけました。本が売れにくいと言われる時代に、本を売り続けることを出版社の皆さんが応援してくださっていることに心強さを感じています。
出版社が本を作り続けることで出版業界を支え、さらには新たな著者を育てるためにも、私たちは新刊を売っていかなければいけないと考えています。時間をかけて活字を読んでいく作業は、文章を書いたり、人の気持ちを理解したりすることにも活きてきます。

本屋に来た人がこんなにいろいろな本があるのだと気がついて本の世界にはまっていくようなきっかけづくりこそが書店の使命であると考えています。

「BOOK CLOCK」(2階文学フロア)など本に出会える仕掛けが随所に

演劇や落語といった文化の発信拠点であることも、本店の大きな魅力だと感じます。

書店の中に劇場と画廊をつくるという斬新な発想に型破りな文化人としての田辺の一面が窺えると思います。
その創業理念は今でも受け継がれていて、紀伊國屋書店は単なる本屋でなく、ひとつの文化の発信拠点であり、紀伊國屋ホールは紀伊國屋ビルのもう一つの看板と言えます。
開場以来、文学座・俳優座・劇団民藝・こまつ座を中心とした新劇公演が集中し、新宿が演劇の発信地となるその一翼を担ってきました。後に井上ひさし氏が「新劇の甲子園」と評しましたが、多くの若手劇団が当ホールでの公演を機にメジャーへの進出を果たしてきました。1966年には経済的に苦しい新劇の振興に貢献したいという田辺の意向で紀伊國屋演劇賞が創設され、今年で第58回を迎えます。
同じく開場から月1回継続して開催している落語会「紀伊國屋寄席」も三遊亭円生、古今亭志ん生、柳家小さん、立川談志といった多くの噺家、芸人たちに愛されてきました。こちらは今年10月に700回記念の会を予定しています。

紀伊國屋ホール

演劇人、落語家、アーティストたちが、これまで見たことのないような作品を発表する挑戦の場所となるような劇場を目指していきたいと思います。歌舞伎町に開業する「東急歌舞伎町タワー」にも新しく劇場がオープンすると伺っています。そうした新宿の他の劇場、演芸場、映画館などとともに、街全体が文化芸術の発信拠点となり、人が集まってくるような街として盛り上げていけたらいいですね。

迎える創業100周年、そしてその先の未来に向けて、今後の展望をお聞かせください。

紀伊國屋書店では、全店のPOSレジを通じてリアルタイムに集計される販売実績データベースを、1995年から業界他社に先駆けて「PubLine」としてインターネット経由で、出版社や各種メディア事業者などに提供しています。現在契約社数も約300社に上り、出版、メディア事業を下支えしております。また1969年にサンフランシスコに店舗を出店、洋書輸入も早くから始めたことで、海外からの信用が非常に高く、日本での販売権を託してもらうなど、高い仕入れ力・開発力も備えています。こうした外商・海外店舗という事業の柱は、国内の書店運営を支えてくれています。

今、出版業界は激動の時代にあり、時代遅れとなったビジネスモデルや業界の仕組みについては、スピード感をもって変えていかねばなりません。しかしながら、多種多様な新しいテクノロジーや流行が生まれていく中にあっても、本の大切さ、特に幼少時に読書習慣を身につけることの意義は、現在そして未来にあっても変わらないものであると考えています。2027年の創業100周年へ向けて、またその先も、本の魅力を伝え続けていくことが、社会やお客様のご支持に繋がっていくと信じています。

私たちは田辺が抱えていた創業の思いといいますか、書店としての信念のようなものに育てられて今日があると考えております。今後、田辺の思いをどう継承して、形にしていくべきかという課題を背負っているように感じています。

創業の地である新宿が当社にとっての原点であることは、この先も変わらぬ価値のひとつです。新宿という街の魅力の一端を担えるよう、同じく新宿で活動をされているさまざまな人々や団体・企業とも協力しながら、街を訪れる人々に新たな価値を提供し続けていきたいですし、新宿本店をグローバル事業の拠点として日本、そして世界の人々に貢献していきたいと思っています。

関連URL

紀伊国屋書店
https://www.kinokuniya.co.jp/

Editorial department / 本文中の本アイコンは、
歌舞伎町文化新聞編集部の略称アイコンです。

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