2023年4月14日、ようやく「東急歌舞伎町タワー」が開業の日を迎えた。地上48階、地下5階、塔屋1階、約225mの高さは新宿東口界隈で最も高い建物となった。本サイトではこれまでホテル、映画館、劇場、ライブホールに加え、開業に先立って進められてきたさまざまな企画を紹介してきたが、今回、開業を約2週間前に控えた3月下旬に、東急株式会社執行役員 新宿プロジェクト企画開発室長兼、建物の運営・管理を手がける株式会社TSTエンタテイメント代表取締役社長の木村知郎さんに開発への思いと、間近に迫った開業への思いを伺った。
編集部:
2021年までSHIBUYA109の代表取締役を務められ、同館を通して渋谷の街と関わってこられた木村さんにとって、新宿はどのような街だと感じられましたか?
木村さん:
商業という観点から見てみると、渋谷は戦後に誕生した繁華街です。それに対して新宿は江戸時代にできた「内藤新宿」という宿場町から続く大変長い歴史があり、街道に並んだ宿や茶屋などがもたらす賑わいが脈々と続いてきたと思います。新宿で暖簾を掲げて長く商売をされ、街の発展と共にビルオーナーとなった方々は、商いと不動産経営の両方の観点を持っていて、どのように街を開発すれば自分たちだけでなく新宿全体が発展していくかということを考えられている方が多いと感じました。
街の大きさも巨大で、もともと宿場町があった新宿三丁目界隈、オフィス機能を備えた西口エリアの新宿副都心、南口の比較的新しい商業施設群、そして宿場町から続く繁華街としての機能を有した歌舞伎町といったエリアがそれぞれに街の役割を果たし、それによって新宿という街が成り立っているのだと思います。古くから文化人やアーティストらが集って語ったり刺激し合ってきた街でもあり、多様性を受け入れる懐の深さも感じます。
編集部:
新宿に新たな超高層複合施設を開業するに向けて、どのような思いでプロジェクトを進められてきたのでしょうか?
木村さん:
街に大衆娯楽が根付いていて、それが市民文化に発展し現代に至るまで続いている新宿は、カルチャーの裾野が広い印象があります。一方で1日350万人以上が乗降するという世界の中で見ても圧倒的な規模を誇るターミナル駅を抱える有数の繁華街でもあります。そのような街をつくってきた人たち、支えてきた人たちの功績に心から敬意を表してこの開発計画を進めていきたいということが一番大事にしてきた部分です。
歌舞伎町という特徴的な街が持つレガシー、観光資源、まちづくりへの考えといったものをどう融合して開発していくのか考えていく中で、ここに来ることが目的となるものを作るということが一つの形として見えてきましたし、そこに行くためのさまざま整備をしていこうという方向が定まりました。単に建物を建てるのではなく、歌舞伎町に対して我々なりに観光拠点となるものを考え、エンタメ施設や空港アクセスバスの停留所といった今までの街になかった機能を提供していくことで、何か街に新しい要素が加われば、世界中からより多くの方にお越しいただいたり、新宿でビジネスをしている方たちと相乗効果を生み出したりできるのではないか。そのように街全体が進化していくことにつながればと考えました。
編集部:
歌舞伎町という立地での開発、そしてホテルとエンタメ施設が集積した超高層複合施設づくりは大きなチャレンジだったのではないでしょうか?
木村さん:
東急グループのビジネスモデルとして大きな建物を作っていく時、基本的にはオフィスという安定収入を下支えにしながら商業やホテルを組み合わせていきますが、そうではない今回のコンプレックスタワーというのはそれ自体が大変なチャレンジであったと思います。コロナ禍にも見舞われ、あらゆる事業を見直ししなければいけない時期もありましたが、新宿のプロジェクトは担当者の情熱やそれを受けた経営者の強い信念があったからこそ、大きな挑戦でありながら進めていくことができたのだと思います。逆境にあってもその旗印を降ろさなかったことは、リスクに立ち向かい歌舞伎町の再生、再興を一緒に進めるのだという東急グループの思いとなって街の方たちに届き、良い信頼関係の構築につながったように感じます。
コロナ禍を経たことで働き方や生活も大きく変わりました。エンタメ業界もリアルな公演やライライブなどができなくなる中で配信など新しいコンテンツが生まれました。そうした中で都心にわざわざ出かけいくモチベーションは何かと考えた時、それは「自分の好きなものを直接見たり体験したりしたい」という思いなのではないか、そういう気持ちは抑えきれないものなのではないかと思い至りました。これまでの経験からも、自分の好きなものを応援したいというみなさんの感情の高まりを感じていましたし、それぞれが自分の「好き」をより広げていくような手段を考え新たに生み出していく。そうした好きなものへの思いの強さを体感してきました。東急歌舞伎町タワーにさまざまなエンタメ施設を作る中で掲げていこうと考えたのは「自分の好きをもっとこの場で極めてもらいたい」ということでした。
編集部:
コンセプトにもまさに“好きを極める”と掲げられていらっしゃいます。施設の中には多様な好きに出会いそれを極めるチャンスがさまざまにあるように感じます。
木村さん:
リアルな場でエンタメを提供していくことはもちろんですが、配信システムを活用して大型の屋外ビジョンや、ホテルなど館内の各施設で映像を楽しんでもらったり、新宿に来られない人に届けたりするようなこともできます。何か自分の好きをキーワードにオンライン上でコミュニケーションを取っていた人が、街や東急歌舞伎町タワーに来てリアルにコミュニティーを作ることで好きが極めていける、そんなコンセプトを元にそれぞれのコンテンツを作っていけば、どのような時代にあっても魅力的な施設でいられるのではないかと思っています。SNSの発展とともにお客さまが興味を深掘りする時代になってきていますので、我々も一層好きを極めるようなものを用意していかないとご満足いただけないと思います。
建物の外に目を向けると、新宿では路上ライブも盛んでそうした中から新しいスターも生まれてくると思います。これまでと違って自分たちで配信を行うなど、一気にファンを獲得する可能性も彼らは持っています。そんな若いアーティストたちが夢をもって新宿のさまざまなライブハウスや東急歌舞伎町タワーに来てパフォーマンスをしてくれたり、彼らのファンが集まったりと、みんなの好きがどんどん極まっていくような場所になるとうれしいです。街全体として見出し、育て、羽ばたかせるというストーリーに取り組むことができる、その中心として我々が何かお力添えできればと思っています。
Zepp Shinjuku(TOKYO)は歌舞伎町生まれの渋谷龍太さんがボーカルを務めるSUPER BEAVERさんのライブで幕をあげます。以前ご自身のTwitterで、「東急歌舞伎町タワーにライブホールができるようだけど、将来そのステージに立ちたい」と呟いてくださっていたのを目にしたことがあります。すでにアリーナクラスで活動されているアーティストですが、そのような夢って大事だと思いましたし、彼らのようにここから羽ばたいていく人たちを応援していきたいと思います。
編集部:
いよいよ開業です。今の思いと抱負をお聞かせください。
木村さん:
我々はコンテンツも提供していきますが、ハード的な部分においては若い方たちは自分たちで使い方を作り出していくと思います。これからさまざまな施策を展開し結果を出しながら、「こんなアイディアがあるけれど、この施設を使ってできないか」といった企画を募集していきたいですし、「ここで何かをしたい」というさまざまな思いが集まっていくような場所にしていきたい。きっと我々が想像していないようなものもくるのではないかと思っています。ライブホールとホテル、劇場と映画館など施設同士が連携しながら東急歌舞伎町タワー全体で仕掛けていくことができるのは大きな魅力です。来てくださる方、使ってくださる方の想像力を刺激していけるきっかけになるような開業を迎えられたらと思います。
たくさんの人が集まり、何年もかけてこのプロジェクトを進めてきました。誰もがそれぞれの役割を徹底的に極めていってくれていると思います。僕の役割は全体を通してその価値を提供できているかいないか、それぞれの素材をどういう料理に仕上げるか、どう世の中に伝えていったら良いか考えることだと思っています。開業を前にみんなには「自分が担当しているものをそれぞれ好きになってほしい」と話しています。自分たちがまずこの東急歌舞伎町タワーのことを好きになり、そういう思いを持った建物に「ぜひ来て欲しい」と伝えるようにコンテンツを作っていけば、街や建物に足を運んでくれる人へその思いが伝わると思っています。みんなの好きという思いがどんどん膨らんでいけば、良い施設になると期待しています。